たとえばこんな間桐の話
白の髪。紫の着物を纏った青年。その顔に浮かぶのは、柔らかな微笑。
その腕に抱えられているのは同じく紫の着物の少女。髪と瞳もその色と同一に。揺れるリボンは目を引く赤。
両者の首元には首輪。魔力で繋がれた鎖が視認出来る。互いの首を繋ぐそれは、一蓮托生という言葉を連想させた。
そして。
「間桐に寄越した時点で、覚悟はしていたと認識しているよ、遠坂時臣」
青年が静かに、冷淡に、言葉を紡ぐ。その眼差しから心情は窺えない。
此方を見ていた眼がすい、と逸らされ、腕の中の少女に向かう。
「……桜ちゃん」
「はい、おじさま」
促す様に名を呼ばれ、少女が応えた。
無表情に、無機質に。
青年の頬を小さな掌で包み、そっと唇を寄せる。
互いに瞳を閉じて、合わされる唇。
触れるだけだったそれは程なく開かれ、互いの熱を分け合う様に、互いの存在そのものを確かめる様に、ゆっくりと舌を絡ませていく。
少女の小さな舌を柔らかく舌先で撫で、緩く絡めてちゅ、と軽く吸ってから、口腔へと。
丁寧に、執拗に。そして優しく味わい尽くす様なその動きに、少女の身体が震える。連動する様に睫毛も細かく震え、しかし逃げ出す様子は無い。
ちゅく、とやけに鮮明に聞こえる水音。唾液を交換しているのだ。そこに魔力を乗せて。
目元をうっすらと紅く染め、その行為に浸る少女の息は段々と熱く、荒くなっていく。
息継ぎの間に漏れ聞こえる喘ぎの様なそれは、少女のものとは思えぬ程に艶を含む。
んく、と幼い声音と共に与えられた唾液を飲み込み、どこか陶酔した様子で青年に擦り寄る。
溢れて飲み込み切れない唾液を唇の端から垂らしながら、もっととねだる様にその名を呼ぶ。
「……かりや、おじさん……」
その声は、熱に冒され毒を孕む様でいて、そして甘ったるいものだった。
「かわいそうにね、桜ちゃん」
そんな少女に憐れみと愛しさを混ぜ合わせた様な笑みを向けて、青年が言う。
「間桐の餌として、贄として、胎盤として。君は此処に来てしまった。……今は俺の魔力源だ。ごめんね」
少女の唇から零れた唾液を辿る様に舐め上げれば、少女がふるりと震えて、熱い息を吐く。
「……ううん、へいき。だいすき、かりやおじさん」
とろりと潤んだ瞳と蕩けた微笑みを青年に向けて、幼い言葉で胸の内を伝えてから、
「私は間桐。間桐桜。間桐に生かされ、死ぬ雌でしかないもの」
いっそ潔いまでに言い切って、此方へと顔を向ける。
「……遠坂さん。私を間桐の贄にしてくれてありがとう。桜は、幸せです」
「ふふ、桜ちゃんは強いなぁ」
「えへへ。間桐の人間はこうじゃないと、潰されちゃうから」
「流石桜ちゃんだ。そうだね、その通りだ。俺達間桐は、代々臓硯に食われ続けてきたからね。俺もきっと、いつか食われるだろうけど」
「その時は、桜も一緒に食べられてあげるね」
「ありがとう。桜ちゃんは優しいなぁ」
にこにこと笑い合う二人は、とても幸せそうだ。
先程までの行為を除外するのであれば。会話を耳に入れていなければ。発する言葉が聞こえていなければ。その内容を理解しなければ。……どこまでも癒されるだろう、その姿。
そして、青年がまた此方を向く。
「こんなに優しくて強い桜ちゃんも、魔術師としての教育は何も受けさせてもらえずに、蟲共に陵辱をし尽くされた挙句、子を生したら蟲の餌にされてしまうけどね。それまではちゃんと、俺達が有意義に使ってあげるよ。だから心配しないで、君は好きな様に手元に残した子供を使って、理想の魔術師を育て上げるといい。遠坂時臣。……せめて君が贄に寄越したこの子の元気な姿を見せてあげようとしたんだけど、余計な事も言いすぎたかな。すまない」
笑いながら。嗤いながら、その青年は言う。
「でも、さ」
吊り上げた口の端。細められた楽しげな瞳。少女の髪を愛しそうに撫でながら。
「間桐との盟約もあるだろうし、お前が魔術師である以上、何も出来ないよな?」
──そこまでで、限界だった。
バチバチと、燃え盛る炎と共に、無残に壊されてしまった機械が火花を散らす。
この数瞬前まで、少女と青年の姿を映し出していたその機械の名は、端的に言ってテレビとビデオデッキ。そしてデッキの中にあったビデオテープ。
わざわざ一式揃えて教会に送られてきたものだった。
遠坂時臣宛で、である。
当然生粋の魔術師である時臣に、そんな現代文明の利器である機械が扱える筈も無く。
それが教会に届いたという事は、繋がっている事も知られているという事だろうと少々の動揺をしつつ。
警戒しながらもビデオレターとして届けられたテープの内容確認の為に、弟子の神父、言峰綺礼に設備を整えてもらい、その中身を確認したらこれだ。
「……嫌がらせなのかなぁ。どう思う、綺礼?」
「………師よ………」
取り合えず鎮火してもらえませんか、と思いつつ、バケツに汲んだ水を未だ炎に燃えながら火花を散らすそれにぶっ掛ける。
火は消えたがショートしてひっどい事になっていた。此処、教会なんだぜ……。そんな感じで綺礼は思わず遠い目をした。
周りも焦げたり水浸しだったりで大変な事になっているが、その元凶である時臣は意に介さない。…と言うよりは、そんな物は既に目に入っていないに違いなかった。
無表情に近い顔で、最早修復不可能だろうテレビとビデオの残骸を眺めながら、その画面の中に居た人物へと意識を飛ばす。
「あの落伍者野郎、何してるのかなぁ。出戻ったと思ったら人の娘に何かましてやがるのかなぁ。うん、私も悪いよね何してんだろうねうっかりってレベルじゃないよね何なの蟲ってあのご老人そんな糞なんだねうわぁ死にたい」
「………落ち着いて下さい」
無表情で棒読み気味のノンブレス。
綺礼も思わず一歩引く。
明らかな挑発だ。あからさまに罠だ。そんな事は解っている。ああ、わ か っ て い る と も。
「はははははは嫌だなぁ落ち着いてるよ遠坂たるもの常に余裕をもって優雅たれだよはははははは王に間桐潰してもらおうそうしよう」
「………師よ。今は停戦の、」
「いや、王の手を煩わせる訳にはいかないよね停戦中だもんね自分で行ってくるよはははははは雁夜ァァァァ!!!ぶち殺したらぁぁぁぁ!!!」
「時臣師ィィ!?」
愛用の杖を持ってダッシュする時臣。
だが数歩目に、何にも無いところでずっこけた。
……優雅を投げ捨ててぶち切れてもうっかりの呪いは健在な遠坂である。
因みにその時英雄王は、その一連の様子を後ろで眺めつつ、笑い転げていたりする。
綺礼は若干戸惑いながらも妙に昂揚する己を自覚し、こ、これがゆえつ……?と首を傾げていた。
その日のニュースで報じられるのは、巨大な火柱を上げて焼失した某屋敷の事ばかりだった。
作品名:たとえばこんな間桐の話 作家名:柳野 雫