たとえばこんな間桐の話
「……それにしてもこんな事になるとは思わなかったよ……」
紫煙を吐き出しながら疲れた様にそう呟くのは衛宮切嗣。
「……誰がこんな展開を予測出来たと言うのだね?」
こちらも疲れた様に、ソファに身体を預けながらケイネス。
「でもまぁ、仕方ないよな!!」
明るく言うのは雁夜だ。二人に鋭い眼で睨まれるが、気にしない。
その様子に、切嗣もケイネスも諦めた様に溜息を吐いた。
間桐雁夜。魔術の素養は鶴野よりマシ程度。当然幼少の頃に蟲倉に入れられていて、童貞非処女。
高校卒業と同時に出奔。その際に兄も誘ったのだが、その当時、兄は臓硯に怯え切っていて、仕方なく一人で間桐を出た。
フリーのルポライターとして仕事をしながら人脈を広げつつ、魔術関係の人間とも面識を持つ様になり。
知り合いとなった魔術師に間桐の外道の魔術の内容を明かしたり、出奔する際に持ち出した資料やら何やらをそっくりそのまま渡してみたり。
雁夜も蟲倉入れられている所為でちょっと壊れていた為に、結構やらかしていたりする。
そして冬木に初恋の人に会いに来たりその子供達にお土産渡したりしてる時にやっと知った、兄とその子供の事。
嫌な予感と共に間桐の家に行ってみれば、兄の子供まで蟲倉入って非処女になってるわ兄もぶっ壊れて吹っ切ってるわで、それに感染したのかプッツンしてルポライターとして世界各地回った先々で何故だか手に入れていた手榴弾とか使って間桐邸爆破してみたりと色々かました挙句、それでも死にやがらない爺に完全に切れて蟲倉突入、蟲共の半分程を支配するという荒業をかました。
後に、知り合った魔術師に手ほどき受けといて良かった、と言っていたが、それにしても無茶苦茶である。才能は無かった様だが、それでも生来の反骨精神と気合とガッツと根性で何とかしたらしい。兄達の様に相性は悪くなかったとは言え、蟲共もそんな精神で何とかしてしまったのだから凄まじい。
その無茶の所為で髪は白く染まり切ってしまったが、他に不具合は出なかったからいいや、と呑気に考えている雁夜である。
相変わらず蟲共は基本的に臓硯の支配下に置かれてはいるものの、最早それらに恐怖しない鶴野。当たり前の様に殺して砕いて潰してくる慎二。そして臓硯に及ばないながらも支配してこようとし、それを拒否するなら慎二に負けず劣らず潰し壊し捻り切ってくる雁夜。
蟲共は、臓硯の命令が無ければこの面子には近付かない所か全力で逃げ出す脆弱なモノと成り果ててしまった。鶴野も雁夜も無駄に頑丈で、蟲共の攻撃が大して通らなくもなっていたし。
だがそれでもやっぱり臓硯自体を殺す事は出来なかった為、雁夜は一度爺の抹殺の為、力やら情報やらを集めに間桐を出たのだが。
その隙に臓硯がやらかした。
遠坂の桜ちゃん養子にするよ!!気付かない内に蟲倉行きだよ!!他の連中に殺られる前に傀儡となる後継者をぉぉ!!と、そんな感じで。焦りと危機感による暴挙である。
……結果的に桜の処女は守られた。鶴野と慎二が全力で邪魔した為だ。
それを察知した雁夜も間に合い、また間桐邸の一部が爆破される惨事が引き起こされたが、やはり爺は殺せずに。
その頃には魔術関連の事情等もそれなりに知っていた為、桜を遠坂の家に帰す事は出来ず。間桐の一員とする為に、蟲での調整も桜の了承と共に受け入れ。雁夜もまた間桐の家に住む様になったのだが。
時期が来て令呪が出て聖杯戦争に参戦するからサーヴァント呼ぼうぜ!!ふっざけんな糞蟲爺!!
そんな遣り取りをしつつも不承不承にサーヴァントやらを呼び、しかし直ぐ様停戦となった。
雁夜の持ち出した資料の中には、聖杯についての事柄も含まれており。
そこから聖杯の穢れやら汚れやらの疑惑が持ち上がり、調査依頼が出され、その調査が終わるまで無期限の停戦になったという流れだった。
その調査依頼を出したのは、この場に居る二名。
つまりは。
殆ど知識が無い癖に、間桐を基本として魔術の外道部分を手当たり次第に広めようとしていた、秘匿なんざ知るか死滅しろよ魔術師ィィ!!な感じで荒れつつ暴れまわっていたド素人を何だかんだで面倒見る羽目になり、魔術の指南をしたケイネスと。
戦場に飛び込んでカメラ片手に走り回り、その上魔術の資料やら何やらを考えなしに撒き散らしていたルポライターを殺そうとして殺さなかった切嗣であった。
勿論そのどちらもが雁夜である。指南受けても魔術師はともかく魔術は消滅しろ、殺され掛けても秘匿なんざ知るかアホが!!な精神は今でも変わっていない。前者はかなりの譲歩が見られるが。
何故そんな調子で今まで無事でいられたのかは判然としないが、悪運強いんだー、という雁夜の呑気な言葉に納得した。と言うか面倒になって投げた。正直これ以上深くは関わりたくない二人である。
実際の所、本気で悪運だ。
それは偶然見落とされただけだったり、その資料を直に手にした者の性質だったり、タイミングの問題だったり、不出来な息子の足掻く様を楽しむという臓硯の悪意による手助けだったり。
他にも様々な要因はあるが、雁夜にとっては悪運の一言で事足りる。
「いやーでも、俺と知り合って資料見て、聖杯の異常に気付いてた二人が聖杯戦争の参加者になってくれてて良かったよなー」
「全然良くないよ……何かの間違いであって欲しかったよ……」
雁夜の軽く明るい口調に反比例する様に、切嗣が沈む。
御三家の一角、アインツベルン家からの参戦者。
雁夜と出会ったその時に見た資料に記載されていた内容は、それなりに詳細で、聖杯の汚染の可能性も示されていて。
その事に絶望し掛け、半ば八つ当たりで殺そうとするも、よしその調子で魔術師殲滅してくれ魔術師殺し!!などとほざきつつ、己の生に欠片も執着しなかったという爺を除く今の間桐の面々が聞けば発狂しそうな程度にはぶっ壊れ済みだった雁夜に、殺しても意味ねえこいつ!!ていうか自分の家潰してくれれば万々歳とかおまへ!!とかなんとかやって力が抜けたりと、振り回されつつ色々諦めて放置した切嗣である。
聖杯の事はまた調べよう……と諦めついでに間桐潰したいなら自分でやれ、と土産に手榴弾とか渡してたり。
「確かに聖杯は危険だよ……アイリの事だってある……でもどうすればいいんだ!!アインツベルンにはイリヤがぁぁ!!人質状態のイリヤがぁぁ!!」
「ああ、お子さんかー。世界平和とか馬鹿言ってたけど、お子さん第一になったんだね、切嗣さん。良い事だね!!」
「君が色々言ってくれたからね!!夢も希望も理想もへし折れたんだよ!!」
「家族放って犠牲にまでして、顔も知らない赤の他人の有象無象救うとかいう馬鹿な願望を夢とか希望とか理想とか言わないと思うよ、切嗣さん」
「……………また折ろうとしてるだろ、君」
「えー、俺は単にそう思ってるだけだし」
そうは言ってみたものの、赤の他人の有象無象であった筈の自分は救われたんだよなぁ、と雁夜は内心で苦笑する。
家族を、大事な人を放ってしまえば、他の誰を救おうがそれはただの糞だと断言出来る自分ではあるものの。
(感謝は、してるんだよ)
一時期、本当に自分は壊れていたと思う。
作品名:たとえばこんな間桐の話 作家名:柳野 雫