死が二人を分かつまで -情炎-
所用で遅れていた菊が夕食前に滑り込んできて、騒がしいながらも和気藹々とした雰囲気に一段と拍車が掛かる。その勢いは夜通し語り明かすかと思わせる程だったが、夜が更けるに従って次第に脱落者が出始めた。フェリシアーノが大きく欠伸をしたのを皮切りに、それぞれ就寝の準備に入ったのが40分程前だったろうか。客室の一つ──と言ってもすぐ隣の部屋である──でギルベルトにおやすみと告げてからは10分余りが経過している。
何となく口にしていた煙草を灰皿に突っ込んで、ルートヴィッヒは寝床に入ることにした。訳もなく夜更かしをするような趣味はないし、明日は仕事の予定がある。寝不足で下らないミスをすることは許されない。毛布をずり上げてナイトスタンドのスイッチに手を伸ばす。
その刹那、控え目なノックの音がルートヴィッヒの耳に届いた。もう寝ようということで意見を一致させておきながら、一体誰がやってきたのだか。心中でやれやれと溜め息を吐きつつも入室を許可する。
そろりと僅かに扉を開けてその隙間から顔を覗かせたのは、ギルベルトだった。瞳に不安げな色が宿っているのに気付き、ルートヴィッヒは彼を手招いてやる。後ろ手に扉を閉めてからギルベルトはとたとたと距離を詰めてくる。手には縋るように毛布が握られていた。
「どうした?」
努めて優しい声音で問うと、紅色の瞳はゆっくりと瞬いた。もにゅもにゅ口を動かして言い難そうにするのを無言で促す。ギルベルトは頬を朱に染めながら躊躇いがちに口を開いた。
「初めてのとこ、何か怖くて…だから、その、……一緒に寝ちゃ駄目か?」
一瞬何を言われたのか分からなくて固まってしまう。
誰が誰と一緒にどうすると?
聞き間違いでなければ、自分と一緒に寝たいと言われたような。いくらギルベルトが細いとはいえ、成人男性が2人同じベッドで寝るにはかなりぴったりくっつかなくてはいけないのでは。
まじまじと見返すとギルベルトはぎゅうと毛布を握り締める。幼子が怖い夢を見て夜中に目覚めてしまったような様子に、ルートヴィッヒの心はぐらつく。
「駄目なら1人でちゃんと寝る、から…」
しゅーん、と如何にも効果音がつきそうな風にギルベルトは耳を伏せ尻尾を垂れさせた。
ぐらりぐらり、ルートヴィッヒの心は揺れる。それはもう、マグニチュード8を軽々と超える地震の如く。
甘えていいと彼に言ったのは、確かに自分だ。叶えて欲しいこと、望むことがあれば遠慮せずに言えと。多少無理な要求だったとしても、ルートヴィッヒは応じてやるつもりでいた。それが、それだけが、ギルベルトに対して自分が出来ることだったからだ。けれど要求が口に出されることは余り──というかほぼなく、言ってきたと思ったら一緒に寝てもいいかときた。
本人が言う通り、理由は単に心細いだけなのだろう。密室に1人でいるという環境をギルベルトは極端に嫌う。
叶えるのに何の苦労もいらない望みだ、一見には。ただJaと頷いて、床に招き入れてやるだけでいい。だがルートヴィッヒはそれを安易にするのを躊躇った。
ちらりと視線を遣る、ギルベルトは半裸である。柔らかい織りのパジャマをの上を緩く身に纏っているだけで、白磁の脚が無防備に投げ出されている。そうしていて寒いような時期ではないし、そういう格好で眠る者も珍しくはない。しかもルートヴィッヒは連れ帰った当日にギルベルトを風呂に入れている。
の、ではあるが。目の遣り場に困るというか、気不味いというか、何というか。
もやりもやりとした気持ちが心中に蟠るのを感じながら、ルートヴィッヒはごく小さく溜め息を吐く。それから毛布をはぐり、自分の横を叩いた。
「おいで」
ぱあっと顔を輝かせ、ギルベルトが隣に潜り込んでくる。
無防備な格好をした彼が万が一にでも風邪を引かないようにときちりと毛布を引き上げてやる。ふわふわとした尻尾が体に触れるのを感じながら、ルートヴィッヒは今度こそナイトスタンドのスイッチを切った。
作品名:死が二人を分かつまで -情炎- 作家名:久住@ついった厨