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久住@ついった厨
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死が二人を分かつまで -情炎-

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「初めましてー、って俺は昨日も会ったけど。フェリシアーノだよ、宜しくね」

 ヴェー、と妙な鳴き声と共に微笑まれる。いっそ気持ち悪いくらいに邪気のない奴だな。ここまでだと逆に怖いぞ。
 で、そいつ──フェリシアーノが、隣のそっくりさんの袖をくいくい引っ張る。だが隣の奴はじっと俺の顔を見つめて、なかなかリアクションを起こそうとしない。俺の顔に何かついてますかと、何故か敬語で尋ねたい気分だ。不躾だとか思わないのかよ、いいスーツ着てる癖に。どうせいいとこの生まれの癖に。
 言いたいことあるなら言えよ。本当に、なぁ、頼むから。

「そんな怖い顔したらあかんよロヴィ。俺はアントーニョ、んでこっちが飼い主のロヴィーノや。仲良くしたってーな」

 俺が涙目になるのを寸前で阻止したのは、意外にも一番空気の読めなさそうな猫だった。名乗ったところによるとアントーニョ、か。
 ロヴィーノというらしい男の方は、ふん、と鼻を鳴らすとすたすた自分のスペースに帰っていってしまった。ちょっと兄ちゃん、なんてフェリシアーノが言っている辺り、どうやら彼らは兄弟らしい。よく似てるな、双子みたいだ。態度には出してないけど実際は仲が良さそうなのが羨ましい。って兄弟なんていない俺に羨ましいも何もあったもんじゃないか。

「なぁなぁ、自分名前何て言うん?」
「、ギルベルト」

 興味津々な様子のアントーニョの言葉に、俺はほぼ反射的に答えていた。昨日貰ったばっかりの、俺の名前。言い終わるや否や輝いていた目が凍り付いたのは、多分気のせいだったんだろう。だって機嫌良さそうに尻尾立ててるし。
 へぇそうなん、いい名前やねぇ。
 アントーニョが言い、フェリシアーノが相槌を打ち。あれやこれやと質問されてそれに答えているうちに1日は過ぎていった。仕事しなくていいのかと頭の隅で思ったけど、他愛ない話をのんびりとしていられる楽しさに押し流されて、それはあっさり消えてしまった。
 当たり前のように普通に喋って同等に扱ってもらえるのが、俺は純粋に嬉しかったのだ。今までそんな風にされたこと、なかったから。ルートヴィッヒに買われたこと、そしてルートヴィッヒの仲間に受け入れてもらえたことに、俺は心から感謝を覚えた。


◆ ◇ ◆


 たまの休日に誰かの家に集まって何をするでもなく過ごすのは、もう習慣となってきていることだった。いつも通りのそれにいつもと違うことがあったとすれば、それは集まる人数が1人多いことだろう。ルートヴィッヒはちらりと隣のシート、外を眺めているギルベルトに視線を向ける。
 1週間もしないうちにフェリシアーノたちと打ち解けた彼は、1ヶ月経った今では古参のメンバーのようだ。随分と表情も口数も増えて、ルートヴィッヒは人知れず安堵している。引き取った当初のままだったらどうしようかと思ったが、いらない心配だったらしい。生来の性格なのか、慣れた相手に対してはギルベルトはとても気さくだ。活発に動き回るしよく笑う。未だに何かしてもらったりと人に甘えるのには遠慮があるようだけれど。

「お前の家に負けず劣らず大きいのな、フェリシアーノちゃん家って」

 ぱたぱたぱた、興味深そうに尻尾を振りながら、ギルベルトがくるりと振り返る。あぁと答えて頭を撫でてやると、ギルベルトは実に気持ち良さそうに表情を緩めた。
 窓の外に見えているのはヴァルガス兄弟の家──より正しく言えば本宅である。彼らは本宅が職場から遠い為に普段はマンション住まいをしており、休日にだけ帰るようにしているのだ。因みにその面積はルートヴィッヒの屋敷に負けず劣らずどころか、明らかに広い。ルカーニアに住み着いたヴァルガス家の初代が云々、話し出せば長くなるのだが、事々に質問されて話が進まないのが目に見えているから止めておく。知的好奇心を持ってくれることは嬉しいなれど。
 門を潜り玄関が近付くにつれ、ギルベルトのテンションは鰻登りになっていくようだった。ドッグレースに出場する犬の如く、ドアが開かれたら走り出しそうだ。

「余りはしゃぐなよ」
「俺ちゃんといい子にするぞっ」

 返ってくる言葉は幼く、信用していいやら疑わしい色を含んでいた。まぁ訪れているのがヴァルガス家なので、そう口煩くしないことにする。ロヴィーノの方は余りいい顔をしないかもしれないが、フェリシアーノとアントーニョは気にもしないだろう。何せ本人たちが似たような言動をする。
 車が止まりドアが開かれると、ギルベルトはやはり小走りに先行してしまう。と、ばーん!と玄関が開き、中から出てきたのは2つの人影。

「ヴェー待ってたよギルベルト!」
「遅いやんか待ち草臥れたわぁ!」
「フェリシアーノちゃん! アントン!」

 3人がむぎゅーとハグし合うのを見て、ルートヴィッヒは軽く溜め息を吐く。昨日も会っていただろうが昨日も。
 だがギルベルトが屈託なく笑えることが出来るようになったのは喜ばしい。あの時会社に連れていってよかったな、と思う。フェリシアーノたちがああして接してくれなければ、ギルベルトはこんなに早く心を開いてはくれなかったろう。

「ルッツー早く来いよー!」

 満面の笑みで手を振ってくるギルベルトにルートヴィッヒは手を振り返す。が、そちらにすぐ行くことは出来なかった。
 スーツのポケットの中、携帯に入ったメール。ロヴィーノからのそれは、着いたら自分のところへ来いと告げていた。理由も何も書かれていない短い文面だが、何故呼び出されたかは見当がつく。
 リビングの方へ歩いていく3人の様子を目に入れながら、ルートヴィッヒは2階へ足を向ける。そう訪れる訳ではないが、ロヴィーノの部屋はすぐに見付かった。
 軽くノックをして扉を開く。

「遅かったな」

 フェリシアーノとは違い無駄なものを極力排除したその部屋は、それでも典雅な雰囲気があった。
 ロヴィーノはソファに腰掛けて書類を眺めていたが、ルートヴィッヒを見留めるとそれを机に放って立ち上がる。向かう先には棚があり、上に箱が乗せられていた。黒い、宝石箱のようなものだ。布張りのそれをロヴィーノが差し出してくる。ルートヴィッヒは素直にそれを受け取った。
 ずしりと実際よりも重いような感覚がしたのは、心理的なものが影響したのだろうか。中には余り気乗りのしないものが納まっているから。

「言われた通り手配しといてやったぞ」
「手間を掛けて済まない。助かった」

 礼を言えばロヴィーノは僅かに首肯する。用件が終わればもう興味はないようで、彼の意識はまた書類に戻っていった。
 ルートヴィッヒは微苦笑し、室外へ続く扉へ足を向ける。ドアノブに手を掛けた時、ふと思い出したようにロヴィーノが声を上げた。

「どういうつもりか知らねぇが、余り入れ込むなよ」

 声音は冷たい色を宿している。足を止め、ルートヴィッヒは振り返る。ロヴィーノは書類の文面を見つめていてこちらに見向きもしない。その様子からは真意を窺うことは出来なかった。