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雪割草

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 睨みつけたが、彼は動じなかった。
と言うよりも、何を言われているのかが解らなかった。
 キョトンとする彼に平太郎は呆れ、代わりに体力で勝負しようと試みた。

「…もういい。久しぶりに、手合わせどうだ?」

「お願いいたします。ですが、以前より腕はあがりましたので、手加減無用にて」

 不敵な笑みを浮かべた助三郎に、平太郎は負けじと声を張り上げた。

「言ったな!」

 立ち会いが始まった。
 木刀のぶつかり合う音が庭に響く凄まじい打ち合い。
 それは橋野家の兄弟の『特訓』とは大違いだった。
 早苗は息を潜め、二人の立ち合いを見守った。
太刀筋、身の運び方を二人から学び取ろうと凝視していたが、いつしか許婚に眼を奪われていた。
 普段見せる笑った顔とは程遠い、真剣で人を斬るような眼差しに身震いした。
 そうこうする真に、平太郎が助三郎に圧されて負けた。

「本当に腕を上げたな、さすが御老公の覚えがめでたいだけある! 参った!」

「いいえ滅相もありません…。私など、まだまだ未熟者です…」

 少し息を弾ませ、汗を拭った。
その姿に、早苗は見惚れていた。

「よし、休憩だ。すまん、水頼む!」

 先ほどの下女に水を所望し、二人は縁側に並んで座った。
少しすると、湯呑に茶を入れ盆に乗せて下女が戻って来た。
彼女から茶を受け取り二人は一気に飲み干した。

「すまん、もう一杯頼む」

「はい。ただいま」

 再び部屋には男二人と、影で二人をこっそりとみている早苗の三人になった。

「あの、義兄上。お聞きしたいことがあるのですが」
 
 突然、助三郎はそう言った。

「なんだ? 急に。」

「源四郎殿の代わりを勤めるという方のことですが…」

「はぁ…。そんなことか。で、何が聞きたい?」

 丁度水を持ってきた下女から湯呑を受け取り、口に含んだ。
そして湯呑の底と睨めっこしながら、どうやって彼に納得のいく説明、『格之進』の正体がばれない説明をしたものかと考えた。

 その時、彼の背後で下女が声をあげた。

「あっ。早苗さま、申し訳ございま…」

 驚いた平太郎は思わず水を噴き出しそうになった。
しかし、ぐっとこらえ一息に飲み干した。
 
 一方で助三郎は義兄の焦りや、下女の言葉に一切気付かず呑気に水を啜っていた。

「義兄上のご親戚の方と伺いましたが、どんな方でしょう?」

 平太郎は、動揺を隠すように一気に話した。

「お前と同じ年の生まれで名は渥美格之進。剣術はまるでだめだか柔術はそれなりだ。真面目で頑固。融通が利かないかも知れん。学問はそこそこ。俺の弟のようなもんだ。まぁよろしくたのむ」

「そうですか。…俺と反対だな」

「そういえばそうだな。でも、どうにかなるだろう。まぁ、気楽に行け」

「はい。ありがとうございます」

 小さな心配事が消え、助三郎は素直に義兄に礼を述べた。
同じく、危機から逃れた平太郎にも心のゆとりができた。
 そこで、この場を借りて義兄を問い詰めることを決意した。

「…助三郎。早苗とはどうなんだ? え?」

「早苗殿、とですか…?」



 部屋の隅で、当事者はその話を聞いてはいなかった。
それどころではなかったからだ。
 先ほど下女が声をあげたのは、身を隠している早苗の足を間違って踏みつけたのが原因。
とっさに謝った彼女が発した『早苗さま』という言葉に驚き、下女を自身が隠れる物陰に引きずり込んだのだった。
 早苗は下女を抱きすくめ、口を手で覆った。そして息をひそめ、兄と許婚の動向に聞き耳を立てた。
 しかし、彼女の心配は無用。何事もなく時間が過ぎた。

「…ふぅ。危なかった」

 下女を解放し、早苗は一息ついた。
しかし、下女は頭を下げたまま。

「…申し訳ございません」

「謝らなくても良いよ。馴れてなかったんだから、誰だっていつもの呼び方するさ」

「しかし…」

 蚊の鳴くような声で謝り、顔を上げようとしない彼女を、早苗は起こしてあげた。
 見ると、下女の顔は真っ赤。
そして眼を伏せ、決して早苗と合わせようとしなかった。
 
「苦しかった? まだ力加減が解らなくて…。ごめん、着物乱れちゃったね…」

 早苗は何も考えず、下女の乱れた着物の襟を直そうと手を伸ばした。
しかし、下女は身体を引いて拒んだ。

「失礼します!」

 彼女は赤い顔を更に赤くして、その場から風のように走り去った。

「変なの…」


 丁度そこへ、助三郎を玄関まで見送って兄が戻って来た。

「おう、格之進、助三郎帰ったぞ。…あの子に何かしたのか?」

 少し冷たい眼で、彼は早苗に聞いた。
しかし、早苗は全く意味が解らなかった。

「へ?」

「顔が真っ赤で、泣きそうだった。なにかヤラシイ事したんじゃないだろうな?」

「ヤラシイ…とは?」

 妹の手応えのない返答に、平太郎はポカンとした。
しかし、なにかを思い出したようで、話を移した。

「お前、さっき助三郎見てたか?」

「はい。しっかりと」

「で、どうだった?」

「どう、とは?」

「幻滅したり、普段よりダサく見えたりしたか?」

「いいえ」

 平太郎は、尋問を続けた。

「どんなふうに見えた?」

「…すごく、格好よかったです。兄上なんか月とすっぽん」

「…なに?」

 ムッとした顔で、彼は妹に詰め寄った。
しかし、彼女は違う世界に入っていた。

「だって、あの剣捌き、身のこなし、本当に格好良くて、私は…」

 顔を赤らめ、恥ずかしげに呟く男の姿の妹を見て平太郎は引いた。
小柄な女の子が同じ事をすれば『かわいらしい』の一言で誰もが納得する。
 しかし、眼の前の弟は見た目が、声が男。
 ちっとも可愛くなかった。

「気持ち悪…。やっぱり中身は女のままか。完全に男じゃないな。」

 早苗はハッとし、しっかりと地面を踏みしめ兄に向って怒鳴った。

「気持ち悪いって妹に向かって言うことですか!?」

 姿に見合った言動になった元妹に、真面目な顔で告げた。

「格之進、お前は本物の男じゃない。安心しろ。中身は早苗のままだ」

「…へ?」

 結局意味が解らなかった早苗は、首を傾げて立ち尽くした。
平太郎は、刀を二本手に持ち彼女にボソッと呟いた。

「…それより、助三郎に会ってやったほうが良かったんじゃないか?」

 木刀を手渡した。

「…いいえ。気持ちが揺らぎます。特訓を終らせ、人並みになって胸を張って出る為、私はずっと男のままで生活します」

 決意も新たに、兄から木刀を受け取り構えた。
すると、兄も木刀を一振りすると早苗に向かって突き付けた。

「…お前、妹の時も可愛げなかったが、弟になっても一緒だな!」

「悪かったですね!」

 そうかえし、兄に向って突っ込んで行った。
しかし、あっさりと跳ね返され、勝負を挑まれた。

「さぁ、特訓の続きだ格之進! 掛かってこい!」

「はっ」

 腹から声を出し、再び兄に木刀を繰り出した。





 その日の晩、父の又兵衛は母のふくが寝所の灯りを消した事を確認すると、台所へ向かった。
彼の隣には、平太郎の姿もあった。

「今から三人で一つやらないか?」
作品名:雪割草 作家名:喜世