雪割草
〈52〉身代わり作戦開始
昼ごろ、一人偵察に出かけていたお銀が血相を変えて戻ってきた。
「ご隠居さま、明日の夜、茜さん名指しです!彼女の身が危ない!」
「どういう事だ?」
「どうやら話を田村の手下の者に聞かれたみたいです。早苗さんだけ一人呼んでお座敷遊びだそうです。どうするんですか!」
「…しまった。気付かれていたか。浮かれすぎておったな。」
「これだから男の人は…。島原にいったいなにしに行ったんです?意味が無くなったではありませんか!」
「そうじゃな。責任をとって一気に片付けることにしよう。ひとまず、格さんを呼んでくれんか。」
「はい。」
早苗は内密にと光圀に呼び出された。
「お呼びですか?」
「…折り入ってたのみごとじゃ。お前さん、舞はできたな?」
「…はい。一応は。」
「実はな、茜さんが危ない。…バレた。」
「え?では、田村が仇討を恐れてその前に茜さんと誠太郎さんに手を出すと?」
「そういうことだ。そこでだな…。」
「私に身代わりをという訳ですか?」
「わかったか…。そういう事じゃ。茜さんの美雪のふりをして、田村に近づく、何かされそうになったらお前さんが、男に変わってとっちめる。もちろんもしものために、お銀をつける。どうじゃ?」
「わかりました。やりましょう。」
「では、早速茜さんと打ち合わせをの。」
「はい。」
光圀は兄の誠太郎の方にも対策を打つことにした。
助三郎と新助を呼び出した。
「誠太郎さんを匿いなさい。」
「バレたんですか?」
「そういうことだ。ワシらの責任じゃ。ワシらでとっとと蹴りをつける。」
「…茜さんは?」
「気にせんでよい。お銀と格さんを付けるからの。」
「……。」
「ご隠居、おいらでも役に立ちますか?」
「お前さんは口が達者じゃ。説得して動かないようにしてくれ。わかったか?」
「はい。精一杯やらさせていただきます。」
早苗とお銀はすぐに茜の所へ向かった。
彼女はちょうど今晩のお座敷の準備をしていた。
落ち着いてから、説得にかかることにした。
「茜さん、お話があります。」
「なんどすか?」
「明日のお座敷、田村様が来るわよね?」
「へえ。それがなにか?」
訝しげに見てきた。
茜は仇を狙うつもりだった。
芸妓一人しか呼ばれなかった。これをいい機会に刺し違えてでも仇を討とうと考えていた。
「相手は茜さんの正体を突き止めたみたいで…あなたの身が危険になるの。」
「でも、うちは芸妓どす。お座敷にはいきませんと。それに、あの男を討つ機会が。」
「本当に危ないんです。殺されるかもしれませんよ。」
「…。でも、仇を…。」
「茜さんの兄上が見つかりました。二人で一緒にやった方がいいんじゃないですか?」
「……。」
「兄上に会いたいでしょう?」
「…わかった。うちの負けや。今回はあきらめる。でも、お座敷はお断りできしません。」
やはり祇園の芸妓だ。
高い誇りを持っている。
「そうおっしゃると思い、策を考えてきました。」
「なんどすか?」
「茜さんの身代わりを行かせようと思ってるの。」
「そんな無体な。うちが行かないとあきまへんえ?」
「大丈夫です。私が行きます。」
「なにいってはるんどす?格さん、男はんやろ?」
「私の連れが、貴女とそっくりな人がいると言ったの覚えてますか?」
「へぇ、助さんの許嫁の方だとか…。」
「…それが、私です。」
「えっ?」
「姿が変わりますが驚かないでくださいね…。本当の姿はこっちです。」
やっぱり驚かれた。
姿かたちが変わったこと以外に、自分と瓜二つな人間が現れたことにも驚いた様子だった。
「…ほんま、そっくり。鏡みてるみたいやわ。お名前は?」
「早苗です。」
「早苗さん、こない似てたらバレんわ。」
「あの…舞は?」
舞うのはできるが、芸妓のように洗練されてはない。
見る人が見たらバレる。
「舞は適当でもえぇわ。あの男良し悪しなんてわからへんから。
酒を大量に飲ませて、出来上げたらええし。」
「それと、話しかたがちょっと自信ないんですが…。」
「へぇ。おおきに。すんません。よろしゅうおたのもうします、を言っとけばええし。
それで乗り切れるはずや。一応、今晩お座敷終わったら仕込んであげる。」
「良いんですか?」
「もちろん。うちの代りに行ってくれるんやもん。ほかに言っときたいことない?」
「では…お願いなんですが、身代わりになることは決して助さんに言わないでください。
あの人は格さんが早苗だと知りません。」
「わかった。口が裂けても言いません。祇園の芸妓は口が固いんよ。」
「ありがとうございます!」
晩にまた来ると約束し、支度のために早苗とお銀は宿に戻った。
次の日、朝から助三郎と新助は茜の兄の誠太郎を探し、説得にかかった。
最初は疑って刀に手を掛けながら話を聞いていた誠太郎だったが、新助の説明が上手かったおかげか、話を聞いて理解してくれた。
「それで、貴方の妹さんに危害が加わる可能性があります。」
「では、助けに行く。どこにいる?」
「今は動いてはいけません。」
「なぜだ?」
「実は彼女より貴方のほうが危ないんです。お匿いしますので、私達に着いてきて下さいますか?」
「妹は無事なんだろうな?」
「はい。仲間が見張っているので。」
「わかった。頼む。」
人目のつかない所にある家に誠太郎を匿った。
しばらく三人で今世間話をしたり、今後どうするか話し合った。
夕方、おもむろに助三郎が新助に耳打ちした。
「新助、ちょっと用足しに行ってくる。」
「え?おいら一人でここにいなきゃいけないんですか?」
「心配するな。誰も襲ってこない。」
「早く帰ってきてくださいよ。」
「おう。すぐ帰る。では、誠太郎さん。ここで待っててくださいね。」
「わかった。」
一方、違う場所では早苗と入れ替わった茜が由紀と隠れていた。
お銀が付き添って、早苗はお座敷に美雪として行った。
舞は茜から見て問題はなかった。話し方もどうにかなった。
後は、早苗次第。田村の出方を見て行動をとるしかない。
「ねぇ、茜さん。助さんどう思う?」
由紀は友達とそっくりな女の子に聞きたかった事を聞いてみた。
「格好えぇ思います。好い人そうやし。うちの兄も、あんなんやったらえぇなって。」
よかった。
早苗の脅威にはならない。あの男はどう思ってるかわからないけど…。
「ご隠居さまがね、明日になったらあなたのお兄さんに会わせてくれるって。」
「ほんまどすか?」
「うれしい?」
「へぇ。やっと会える。…二人で仇討がしたい。」
「がんばってね。もうちょっとの辛抱だから。」
「ねぇ、由紀さん。ご隠居さまってどんな人?早苗さんも…。」
「ちょっと変わってるけど、悪い人じゃないわ。今はそれしか言えないけど。」