雪割草
〈57〉魚はどこへ?
次の日、早苗は魚屋に聞き込みをすべく、歩いていた。
なかなか活気がある街だったが、|棒手売《ぼてふり》の姿がなかった。
仕方なく、魚売りの家を人に聞いて探すことにした。
「魚屋は…っと。あっ、あった!」
教えてもらった長屋に目的の魚屋がいるはずだった。
「…すみません。誰かいらっしゃいますか?」
そっと声をかけてみた。
そうすると、年配の男が出てきた。
「…何か用かな?」
「あの、魚はありませんか?」
いきなり突っ込んだことを聞くと怪しまれる。
そう、お銀や助三郎に教えてもらった。
当たり障りのないことから取っ掛かりを見つけ、本題に入らないといけない。
「あんた、なにも知らんな?旅の人かい?」
「はい…。」
「ここ半年な、漁師から魚が入って来ないんだ。」
「何故ですか?」
「琵琶湖に入れなくてな。釣ったらこれだそうだ。」
首を手刀で切るふりをした。
「普段からではないですよね?」
「そうだ。去年は大漁続きでな。結構儲けられたんだが。今は全然仕事にならん。」
「魚を食べられないなんて、大変ですね。」
「そうだ。野菜ばっかり。男は皆腹をすかしてる。」
「そうですね。」
どうやって何か情報を得ようかな…。
考えているところへ、勝手にいい情報を与えてくれた。
「あまり人に言えない話だがな、兄ちゃん、…代官だけは魚を毎日食べているらしい。」
「そうなんですか?」
「仲間から聞いたんだがな、毎日魚を届けているやつがいるらしい。」
「そうですか…。」
誰なんだろう?
「魚欲しかったら、街を出た方がいいぞ。悪いな、売ってやれなくて。」
「いえ、貴重なお話ありがとうございます。」
・琵琶湖には入れない。
・代官だけは魚を食べている。
・獲ることを許されている者がいる。
これが手に入った情報か…。
なんかいまいち…。
後の二人がこれよりもっといい情報持ってくればいいけどな…。
宿へ戻る途中、声をかけられた。
「おぅ!格さん、丁度良いとこで会ったな。どうだった?」
「助さんか。あのな…。」
得たことを一通り伝え、助三郎からも、話をいくつか聞いた。
助三郎の手持ちのネタもあまりよくなかったが、早苗からの情報を聞き、
何かを思いついた。
「俺はその漁師は誰なのか調べてくるな。」
「俺は?」
「ご隠居に報告してくれ!あと、護衛も頼む!」
少しは役に立ったみたい。
でも、もっと人から情報を聞きだす腕を上げないと。
宿に戻り、光圀に一通り報告をした。
他の皆が戻ってくるまで、光圀の将棋の相手をしていた。
「では、ご隠居さま、行ってまいります。」
そばでなにやら支度をしていたお銀が光圀に声をかけ、出て行った。
「お銀さんはどこへ?」
「芸者に化けた。代官に近づかせる。」
「そうですか、では由紀は?さっきから姿が見えませんけど。」
「弥七をつけて、隣町に買い物じゃ。魚を買ってくる。」
「わざわざですか?」
「腹が減ってかなわん。お前さんもじゃろ?」
「今は平気ですけど…。ご隠居さま、その手はなしですよ。」
「では、負けじゃ…。お前さん本当に強いの。負けたことあるのか?」
「…兄にはしょっちゅう負けます。」
「平太郎はもっと強いのか…。兄弟そろってすごいの。」
「兄妹です!わたしは妹です!」
「すまんすまん。早苗、帰ってきたようだ。変わりなさい。」
助三郎と新助がやってきた。
「何かわかったかな?」
「はい。魚を獲ることのできる漁師の名はわかりましたが、接触ができませんでした。」
「理由は?」
「見張られていました。」
「そうか。怪しいのう。新助は?」
「料理屋を何軒か梯子しました。やっぱり、みんな魚料理ができなくて困ってるって言ってたんですがね、一つの高級料亭では料理人が魚使って料理してるって話ですよ。」
「どこの店じゃ?」
「近江屋って言うんです。話聞きに行きましたよ。でね、そこの料理人は腕がいいから、お代官の御用達だって。」
「御用達。怪しいな。何かありそうだ。」
「あっ…それとですね、その近江屋とどこかのお偉い方が結託してデカイ料理屋作って、遊郭併設するんだって言ってました。」
「でかしたぞ新助!良く聞きだした!」
「ありがとうございます!助さんに初めてほめられた!」
光圀は何かを一人考えはじめた。
「…欲しがるのは、腕の良い料理人、遊郭の女、大工くらいか。しかしな…。」
お銀以外の有効な潜入捜査も考えていたが、うまくいきそうもない。
「そうそう、ご隠居、近江屋は今用心棒欲しがってるそうですよ。近江屋の手代さんに探してくれないかって頼まれました。」
「お前、今回一番手柄だな!」
「新助、終わったら褒美を取らせよう。何でもいいから考えておきなさい。」
「そんな、滅相もない!」
「遠慮するな。…嫁でも頼め。」
「…何でです?天下の黄門さまに嫁なんて頼めませんよ!」
「…何でもならそれだろ?お前、宿の後継ぐなら女将が要るじゃないか。」
「…見合いですか?」
「…良い子が見つかったら後押ししてもらうんだ。見つからなかったら見合いだな。」
「…そうですか、考えておきます。」
「なにをこそこそ話しておる?」
「いえ、何でもありません。」
「では、助さんだけ残りなさい。後ははずしてくれ。」
「はい。」
なんだろ?
あの人だけ残して…。
近頃どうも心が晴れない。
やっぱり、隠してることが辛くなってきたからかも。
打ち明けようかな…。
隠してるのはよくない…。
たとえ嫌われても、きもちわるがられても…。
でも…。
モヤモヤしているところに由紀が帰ってきた。
手には魚がたくさん入った籠を持っていた。
「魚買ってきたわよ。はい、領収書。」
「この量でこの値段って、案外安いな。」
「いっぱい獲れるんですって。」
「そうか。はぁ…。」
「どうした?また悩み?」
「あぁ。俺のこと打ち明けようかなって。」
「当分やめたほうがいいわよ。助さん大事な仕事できたみたいだから。」
「…なんだって?」
やっぱりご隠居さまが助三郎さまだけ残したのは密命でも命じたのかな?
「…ちょっとだけ聞いちゃったんだけど、用心棒で潜入捜査らしいわ。」
「…用心棒?」
「詳しいことは本人かご隠居さまに聞いたほうがいいわ。」
何となく不安になった早苗はすぐに光圀のもとへ向かった。
「ご隠居、助さんを用心棒にさせるんですか?」
「誰から聞いた?」
「いえ…。」
「…お前さんが心配するから外してもらったが、意味がなかったの。」
「どうして私はダメなのです?…剣ができないからですか?」
それは重々承知。怖くて真剣持てない。振れない。
「…それもあるが、お前さんこの前危ない目にあったであろ?大事な身じゃ。」
「それは、助さんも同じです!あれは私にとって命より大切な人です!」
「お前さん、なぜそんなに心配する?」
「なにかわかりませんが、怖いんです。刀使う仕事ですよね?用心棒って。」



