雪割草
〈58〉用心棒、助三郎
次の日、朝から支度をしていた助三郎は昼ごろには浪人の格好になっていた。
皆に姿を見せて喜んでいた。
どこかの古着屋で手に入れた、擦り切れた粗末な着物と袴。
同じく質流れ品らしいあまり物が良くなさそうな刀。
|鬘《かつら》でも使ったのか|月代《さかやき》がなく、|総髪《そうはつ》になっている。
「どうだ?似合うか?」
やたらと格好を気にする。格好良いか聞いてくる。
そういえば、早苗で格好良いとか素敵とか褒め言葉言ってあげたことなかったな。
でも、この人だってわたしになんにも言ってくれてない。
お互いさまか…。
「…ダサイか?」
即座に返事をせず、品定めしていた早苗に心配そうに聞いた。
「ちょっと待て。」
綺麗じゃないけど、野生的っていうか、荒っぽいっていうか、でもなんとなく格好良い。
「知的に見えないが、結構格好良いぞ。」
「褒めてるのか?」
「あぁ。」
すかさず由紀が助三郎をけなした。
「残念でした、与兵衛さまには負けるわ!」
「はいはい。…愛しの与作はまだ紀州っと。」
「与作じゃないわよ!助平さんのくせに!」
「助平じゃない!助三郎だ!」
とうとう由紀に反撃を食らった助三郎は由紀と口ゲンカを始めた。
仕事前なのにのんきなこと。
「はいはい、ケンカするな。そうだ。助さん、これ…。」
昨晩作ったお守りを手渡した。
「なんだ?」
「…御守り代わりだ。良かったら。持って行ってくれ。」
「お前が作ったのか?」
「あぁ。ちょっとデカくなったけど」
「器用だなお前。」
男の姿ではやっていない。
願が弱くなるだろうし、第一手が大きくて縫いにくい。
「ありがとな。大事にする。」
そう言って、懐にしまってくれた。
これで少しは不安がなくなるかな?
しかし、不安は消えず、心配で玄関まで見送った。
草鞋を穿く助三郎に何度も声をかけた。
「…気をつけろよ。」
「あぁ。」
「…無理はするなよ。」
「おぅ。」
「…ちゃんと繋ぎとるんだぞ。」
「わかった。」
「…助さん。」
「…まだ何か言いたいのか?」
「……。」
「…大丈夫だから、そんな顔するな。」
変な顔になってるかな?
…そうだ、今言おう。
覚悟を決めないと。
「…あのな、すべて終わったら、お前に言いたい事がある。」
「なんだ?」
「…今まで黙ってた、俺の事。」
今度こそ言う。
絶対に打ち明ける。
もう、逃げられない。
「…怖い話はイヤだぞ。」
「…怖くはない。大分驚くかも知れん。お前が、俺を嫌いになるかも知れん。」
その可能性が高い。
でも、貴方に本当のこと言う。
「…どんな突拍子の無いことでも、お前を嫌いになったりしない。」
「…わかった。」
ちょっとうれしいけど、そんなに甘くはないと思う。
「俺の心配ばかりしないで、お前も気をつけろよ。ご隠居を頼む。」
「わかった。」
「じゃあ、行ってくる。」
「あぁ。」
本当、心配性な男だな。
頭もいいし、柔術強い、良い男で女にモテる。だが、男にしては優しすぎる性格とあの極度の心配症がもったいない。
…早苗はあんな風に俺のこと心配してくれてるかな?
どうでもいいって思ってたら悲しいな。
それと、格さんが俺に黙ってたことってなんだろな。
あいつ未だに謎が多い。
少しは謎が解明されるかな?
本当の友達になってくれるかな。
俺があいつを嫌いになるかもなんて大げさなこと言ってたが、
そんな事って何かあるか?
父上の仇だったとか、早苗か千鶴を手籠めにしたとか、人道に外れたとんでもない事だったら話は別だが…。
まさか、あいつに限ってそれはないだろう。
とにかく、楽しみにしていよう。
そんな事を考えながら紹介者である新助と連れだって近江屋まで歩いて行った。
「助さん、強そうですね。」
「何を言う!強いに決まっておるだろう!」
「は?」
「こういう人間で行こうと思ってる。試してみたんだが、どうだ?」
新助が乗ってきた。
「佐々木様、格好いいですね!すごく強そうだ!」
「その方、もう一度言ってみろ!私が弱いと思っているのか?」
「はは!殿様、お許しを!」
わけのわからない寸劇は、新助のわけのわからないセリフで終わった。
「俺は殿じゃないぞ。ハハハハハ。」
「ただの浪人でしたね!まいったなぁ。」
「貧乏浪人だ!」
そうこうしているうちに、
高級料亭、近江屋の前までやってきた。
新助は手代を呼び、助三郎を紹介した。
「頼まれてた用心棒の先生、探して来ましたよ。」
「佐々木と申す。仕事を貰いに来た。」
「これは強そうな。ありがとう新助さん、これは礼だ。取っておいてくれ。」
「はい!では、助…佐々木の旦那、がんばって!」
「おう。かたじけない。」
新助を見送り、手代に仕事内容を聞いた。
「誰を守ればいいのだ?」
「うちの旦那様です。近所の料理屋に妬まれてまして、近頃物騒なので護衛をお願いいたします。」
「わかった。」
「では、こちらへどうぞ。」
案内され、離れに連れていかれた。
「ここで寝泊まりしてください。食べ物もお運びいたします。仕事がない時はご自由にお出かけなさっても構いません。」
「かたじけない。」
「旦那さまを呼んで来ますので、少々お待ちを。」
「かまわん。」
久しぶりの武士言葉で水戸での暮らしを思い出した。
年配の同僚に敬語を使ってばかり。
職場が違う同年代の仲間とは滅多につるめない。
仕事は嫌いだ。張り合いが全然ない。調べ物をし、書き写すだけの日々。
歴史は好きだし、おもしろいが、机に向って座ってばかりはなんとなくつまらない。
格さんが俺の職場に来てくれたらな。
ちょっとは面白くなるかもしれない。仕事が好きになるかも知れない。
義父上に頼んでみようかな。
今の旅に比べ、平凡極まりない退屈な水戸での日々でも、早苗がいる。
それだけが救いな気がする。
ケンカしょっちゅうしてたけど、結婚したらやめだ。
恥ずかしがらず、想ってること率直に伝えたい。
大好きだって。ずっと隣に、一緒に居てほしいって。
早く会いたい。
『助三郎さま』って呼ばれたい。
あぁ、早く帰りたい!!



