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雪割草

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〈83〉戻ってきた



笑ってくれた日から、みるみる早苗の体調は良くなった。
長い時間歩くことも普通にできるようになったので、宿場を移し大きな奈良井の宿にやってきた。
助三郎と早苗に宿の手配を頼み、残りの者は物見遊山に出かけた。


手頃な宿に入り、二人は旅装を解いた。

「今日は暑かったな。気分悪くないか?大丈夫か?」

「うん。でも汗かいたからお風呂入ってくるね。…覗いちゃダメよ。」

「あぁ。わかってる。ゆっくり入ってこい。」


早苗を見送り、一人になった助三郎はボーっと考えた。

もうほぼ完全に元の早苗に戻った。
笑ってくれる。冗談も言うようになった。

でも、あれは二度と受け入れないだろう。
恐怖がまとわりついてくる。
…二度と格さんには会えない。
良いやつだったな。せめて、一度謝りたかったな。
あいつの苦痛の表情じゃなくて笑顔が見たかった。



しばらくすると、戻ってくる気配がしたので、茶を二人分入れた。

「早かったな。もっとゆっくり入ってくれば良かったのに。あ、風呂わいてなかったか?」

「沸いてた。今度は温泉つきの宿がいいな。」

返ってきたのは早苗ではなく、低い男の声だった。

「あれ、新助、お前ご隠居と出かけたんじゃなかったのか?」

「違う。俺だ。」


聞き覚えのある声にまさかと思いつつも、振り向いて驚いた。
あっけにとられていると、その男は、助三郎の前に座った。

「茶、もらってもいいか?」

「え?…あぁ。」

「風呂は気持ちがいいが、のどが渇くのがいかんな。」

「…そうだな。」

普通にその男は湯呑の茶を飲みほし、お代りを頼んだ。
どうやら、じっと見つめる助三郎が気になったようだ。

「どうした?俺の顔に何か付いてるか?」

「…お前、なんでそんな格好してる?」

助三郎の眼の前にいたのは、まぎれもない男の格之進だった。

「もう治ったから。この姿に変わるのも怖くない。お前のおかげでもう平気だ。」

「あのさ、お前、しゃべり方…。」

「あぁ。女にできない。前と一緒だ。着物も勝手に変わってくれたぞ。どうだ?」

「…似合うんじゃないか。地味すぎず派手すぎずで。」


しばらく沈黙が続き、二人で黙ったまま茶をすすっていた。
おもむろに、格之進の姿の早苗が口を開いた。

「助さん。」

「……。」

「あのな…。心配かけてすまなかった。怒鳴って睨んで投げ飛ばしてすまなかった。
変なこと言ったけど、助さんは俺の友達だ。今までもこれからも…。」


そういう彼の顔は笑顔だった。
ずっと見てなかった優しい笑顔だった。
久しぶりに優しい声で『助さん』って呼んでくれた。
『友達』って、自分から言ってくれた!

助三郎は感無量になって泣き出した。
「うっ、うぅぅぅ…。」

「…は?どうした?」

「…格さんだ。…元の優しい、格之進だ。」

「おい泣くなよ…。男前が台無しだぞ。」

「…嬉しい。…本当に嬉しい。」

「泣くな…お前はもう強くなったんだろ?俺を守ってくれただろ?」

「…そうか?まだ弱い…。」

「いいや、守ってくれなかったら今ごろ俺はあの世だ。…でも今ここにいる。
…わたしは貴方の前にいるでしょ?」

いつの間にか元の女の姿に戻っていた。
本当に、元に戻ってくれた。

「早苗…。」

余計涙がひどくなった。

「どこにも行かないから。ずっと傍にいるから。もう泣かないで。」

ひたすら泣いたあと、助三郎はこの前から考えていたことを行動に移すことにした。


「…早苗、話がある。」

「やっと泣きやんだ。目が真っ赤よ。」

「はぁ…これでどうだ?」

「うん。かっこいい。元の助三郎さまよ。で、話って?」



しばらく沈黙が続いた。
じっと待っていた早苗は少しいらだってきた。
しかし、怒る前に助三郎は小さな包み紙を差し出した。

「…これ、もう一度受け取ってくれるか?」

包みを開けて出てきたのは、前に助三郎にもらった白い花のついた綺麗な櫛だった。

女の姿への未練、助三郎への恋慕を自から断つため、助三郎に突き返してそのままだった。
まさかまだ持ってたなんて…。

「…はい。ありがたく頂戴いたします。」

もう絶対にほかったりしない。
この人がわたしのために選んでくれた贈り物。
一生の宝物。

大事に懐に入れた後、助三郎がまた話しかけてきた。

「あのさ…今から言うこと、真面目にきちんと言うから聞いてくれるか?」

「なに?」

彼はいきなり居ずまいを正し畳に手をついた。

「もう謝らなくて良いって言ったでしょ?」

しかし、口から出てきたのは謝罪の言葉ではなかった。

「…早苗殿、私は、馬鹿でドジで鈍感です。どうしようもない男です。
これからもっと精進して必ず一人前になります。」

「はい。それで?」


「…貴女が好きです。心の底から愛しています。
命をかけて貴女を守って行きたいと思っています。
ですから…それゆえ…妻になっていただきたい。」

「…へ?」

「…それがしと、結婚していただけませんか?」

頭をあげ、じっと見つめられた。


あの晩、この人が破棄した婚約。
しかし、今、自分が愛する男は再び自分に求婚をしていた。
以前の軽い適当な物ではなく、しっかり理由が入った立派な口上。

「佐々木さま…。わたくしでよろしいのですか?」

「貴女がいいんです。貴女でないと、ダメなんです。」

「わかりました。謹んでお受けいたします。」

以前、彼に向って言えなかった返事をしっかり返した。
心の底からうれしかった。



しばらくすると、変わった頼みごとをしてきた。

「なぁ、良かったら格さんに変わってくれるか?」

「わかった。…これでいいか?って、おい、また謝るのか?」

助三郎は早苗の前で再び畳に手をつき頭を下げた。

「お前に謝ってないからな。…渥美殿、とんでもないことを言ったこと、本当にすまないと思う。一生かけても償いたい。」

早苗は助三郎に合わせ、武士の言葉で返した。

「…もう良いではないか佐々木殿。一生かけて償わなくていい。顔を上げてくれ。」

助三郎はうれしそうに顔をあげた。

「いいのか?格さん。」

「あぁ、助さん。」



またも助三郎は変わった頼みごとをした。

「なぁ、その格好のままでも平気なら、将棋しないか?」

「将棋?やりたいのか?」

「あぁ。お前とやりたい。」





対局を初めてしばらくすると、皆が宿にやってきた。

「ただいま。あれ?お客さん?」

「由紀、お帰り。何か良いもんあったか?」

「え?…格さん?」

由紀は、自分を呼び捨てにする、男の声を聞いて驚いていた。

「格さん戻ってきたんだ!いいだろ?二人で将棋してるんだ!」

「おい、よそ見するな。お前の番だ。打て。」

「…ちょと、待った。」

「待ったはなしだ。」

「手加減してくれよ。強すぎる…。」

「あ。すまん。最後にやったのが義勝殿だったからな。でも、相変わらずお前弱すぎ。」

「……。」

「悪い悪い。今度は手加減してやるからな。」



なんか、格さん、雰囲気が前より男っぽい気がする。
男の俺が見ても格好良い。
こんなやつが友達って幸せだな。

作品名:雪割草 作家名:喜世