雪割草
「何見てる?」
「何にも。格さんだなって。」
「はぁ?」
光圀が早苗の様子に気がつき、声をかけた。
「おや、格さんか?もう平気なのか?」
「ご隠居、ご迷惑おかけしました。本日より渥美格之進、仕事に復帰いたします。」
「そうか。励め。」
「はっ。」
傍で眺めていた新助も早苗に向い、喜びの言葉をかけた。
「良かったですね、格さん。」
「あぁ。新助にも迷惑かけたな。」
「いえ、構いません。」
夕餉の後、早苗は仕事をすることに決めた。
しかし、帳簿を開いて驚いた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「今日の分までちゃんとつけてある…誰が?」
新助がそっと早苗に告げた。
「それ助さんですよ。でも、おいらも手伝わされました。」
「俺、そろばん苦手だからな。」
「自慢することじゃないだろ?だが、すまんな。明日から俺がちゃんとやる。
だったら、日誌でも書くかな…あ…これも書いてある。」
倒れた日から今日の分まですべて書いてあった。
「それは全部助さんですよ。」
「なんで?」
「お前言ってたろ?その日に書くから日誌だって。それに、明日から頼むって言ってたろ?」
「…そう言えば。…でも、字が違うぞ。」
「どうだ?ちゃんと読めるだろ?」
「あぁ…すごく綺麗だ。」
「練習したんだ。ウソじゃなかったろ?」
「あぁ。…ん?これなんだ?」
パラッとはさまれていたものが落ちた。
「…あっ。それはなんでもない!かせ!」
しかし、早苗は拾って読んでしまった。
「…渥美格之進殿へ、俺宛だ。なんだろな。」
助三郎は焦った。
「読むなら一人でにしてくれ!人前で読むな!やめてくれ!」
「なんだ?俺への恋文か?え?」
「頼む。返してくれ!」
…貴女が大好きです。愛しています。
元の貴女に戻ってもらいたい。
笑って下さい。私の好きな貴女の笑顔を見せて下さい。
…変なこと言いましたが、貴女の姿がずっと男でも構わない。
ずっと貴女と一緒に居たい。お願い致します…
…もし、私が嫌いでイヤでたまらないなら言って下さい。
邪魔なら切り捨てても構いません。貴女に殺されるなら本望です。
私はそれくらいのひどい事をした…
中にはもう一枚、短冊が入っていた。
「これは?」
「見るな!」
契りきな かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 浪越さじとは
「…お前はやっぱり変わってないな。」
「なにが?」
「…和歌詠むの苦手だろ?」
「…あ。」
「引用はできるんだよな。ものすごい数の和歌覚えてるから。」
「…バレたか。」
「当たり前だ。百人一首くらい全部覚えてる。女らしい趣味持ってないからって、それくらい勉強したぞ。」
「……。」
傍で聞いていた新助は由紀に解釈を頼んだ。
「…由紀さん、意味教えて下さいよ。」
「簡単に言うとね、二人の愛は永遠に変わらないって誓ったのに、貴方は私を忘れてしまったの?ってこと。」
「へぇ、すごいな由紀さん。」
「これくらい出来ないと御殿女中はできませんからね!目指せ清少納言、紫式部よ!
…お二人はお取り込み中ねさてさて何が書いてあるのかしら?」
由紀は、早苗と助三郎がしんみりして、文をほかっているのを目ざとく見つけ、拾って読もうとしていた。
「…いいんですか?人の勝手に見て。」
「いいじゃない、一緒に見ましょうよ。お銀さんも、ご隠居さまも!」
「…早苗、泣きやめ。悪いのは俺だ。」
「お前は悪くない。それに俺は泣いてなんかない。涙が出ん。クソッ。」
「クソッて言うなよ。早苗らしくない。」
「今は格之進だからいいだろ。男だから。」
「……。」
「どうした?」
「…何でもない。」
早苗が男に変わってくれなくなったら、二度と格さんに会えない。
でも、俺の友達はこれからも傍にいてくれる。
うれしい。
ほっとして居た矢先、皆がほかった文を拾って読んでいた事に気が付いた。
「おい、何やってる!?」
「恋文読んでるの。」
「ちょっと!やめろ!」
知らないうちに、弥七まで参入し、字が読めないはずのクロまで上がりこんで皆と一緒に覗いていた。
「やめてくれ!ほんとにやめてくれ!」
「…恋文ね。きれいな字で。」
「文章はうまいな。」
「案外やりますね助さん。」
皆普通の感想を口々に述べていたが、一名的外れなことを勝手に考えている輩がいた。
由紀だった。
「すごいわ!やっぱりね!思ったとおりだわ!」
「…由紀、なにがそんなに嬉しい?普通だろ?」
「そうよ。何騒いでるの?」
「男から男への恋文よ!普通じゃないわ!きゃー!」
「は!?宛名は俺だが中身は早苗へのだ。」
「そうだ。早苗宛にしたらこいつが読まなかったから…。」
二人の言い訳を完全に無視して、由紀は自分の妄想に突っ走っていた。
前々からどうもおかしかったが、とうとう覚醒したようだ。
「やっぱり貴方たち出来てたのね?そうなのね!?お友達じゃなくて念友ね!?キャー!!!」
「バカ!勝手なこと言うな!!」
「まぁ。声をそろえちゃって。仲がいいこと!」
「だから違う!早苗は俺の許嫁で、格さんは俺の友だちだ!」
「そうだ!俺はこいつと念友なんかじゃない!」
早苗と助三郎は必死に弁明したが、その努力は無意味だった。
由紀はニヤニヤしながら二人をからかった。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。認めなさいよ。」
とうとう我慢できなくなった助三郎は早苗とその場を去ることに決めた。
「…格さん、行こう。こんなとこにいたから疲れた。」
「あぁ。」
由紀は性懲りもなく、騒いだ。
「お誘いよ!キャー!」
「うるさい由紀!いい加減にしろ!…ご隠居、どうにかしてくださいこの娘。」
耐えかねた早苗は光圀に助けを求めた。
しかし、ふざけた光圀からはとんでもない答えが返ってきた。
「…お前さんら懇ろなのか。そうすると、ワシと新助は邪魔かな?」
「ご隠居!!!」
頭に乗って新助まで変な事を言い出した。
「…お武家の趣味ってよくわからないなぁ。」
早苗はイラッとし、怖がらせるために指の骨を鳴らしながら、ドスを聞かせ、脅した。
「新助、思いっきり絞めあげてやろうか!え?」
「…格さんが怖い。前は優しかったのに。」
一人まともなままだったお銀は普通の状態に戻そうと努力していた。
「皆、みっともないわよ。そんな話。もう止めましょう!」
しかし、努力は実らず、早苗と助三郎はあきらめた。
「早苗、無視していくぞ。」
「あぁ。」
部屋を出ると、後ろから黄色い叫び声が聞こえた。
「キャー!!!」
変なことを言われた二人は、縁側で座っていた。
「すまんな。変な手紙書いて。」
「いいや。うれしい。とっておくな。この短冊も。」
「いや!燃やしてくれ。変なこと書いてある。」
「イヤだ。お前の書いてくれた文と和歌だ。」
しばらく、二人でボーっと夜の闇を眺めていた。
早苗は、助三郎に気になっていたことを聞こうと思い立った。
「…なぁ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」