雪割草
「どうして、この花の柄にしたんだ?」
懐から、貰った櫛を出して聞いた。
「それか。…お前は覚えてないかも知れんが。子どもの頃おんぶしてやった時、お前が白い花見て『きれい』って言ったんだ。それで、摘んでお前の髪にさしたら、すごく似合った…。
あれはすぐ枯れるが。櫛ならずっと残るだろ?だから、それにしようって。」
ずっと前、出立する前見た夢だ。
助三郎さまに花をさしてもらった思い出の夢。
あれはこの事を暗示してたのかな?
「…助三郎!」
「なんだ?」
いきなり男のまま抱きついて、しまったと思ったが、助三郎はしっかり受けとめてくれた。
ほっとして、抱き締めた。
「ほんとに、ほんとに俺はお前が大好きだ。愛してる!一生お前の傍にいる!」
そう言うと、助三郎は苦しんだり、嫌がることをせず、早苗を抱き返した。
「俺もだ、一生一緒だ。早苗。」
しばらくすると、早苗にそっと耳元で囁かれた。
「…助三郎、さっきの歌の返歌だ。」
「…なんだ?」
「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」
「…お前も百人一首か?」
身体を離し、顔を見た。
「…だって、自分で読めないし、そこまでたくさん覚えてない。それにな、俺の心情とよくあう。」
「…どういう風に?」
「…あの夜、迷惑になるからお前の為に死のうと思った、生きてる意味も見失ってた。
だけどお前が俺を助けてくれた。一緒にお前と生きたくなった。
…だから、わたしは、助三郎さまの側に一生いる。精一杯、長生きする。」
そう彼女が告げた瞬間、早苗の背後にいつか見た死神が立っていた。
みすぼらしい恐ろしい姿では無くなり、穏やかな顔をしていた。
『その女を大切にしろ。粗末にするな、助三郎。』
そういうとすっと消えた。
俺の寿命は今縮まった。
こいつが生きたいって言ったら発動される。
早苗を生かすために俺はこいつより先に死ぬ。
これで、早苗は安全だ…。
しっかり抱きしめ、囁いた。
「俺より一日でも長く生きるんだぞ。いいな?」
「はい。…でも、わたしより先に逝って置いてかないでね。」
「…父上みたいに何十年も置いてったりは絶対しない。」
「…わかった。約束ね。」
「…あぁ。」
指きりの代りに、互いに顔が近づいていた。
しかし触れるか触れないかの瞬間、互いに気配を感じ離れた。
「誰!?」
早苗がとっさに簪を投げた。
どうやら、お銀に護身術で習ったらしい。
鈍い音がして、廊下の板に刺さった。
それと同時に文句が聞こえた。
「ちょっと!危ないでしょ!?しかもこれわたしが貸してあげたやつじゃない!
粗末にしないの!」
「…由紀、何してたの?」
「助さんと格さんがチュってするかと思ったのにな。つまんないの。」
わけのわからない発言に二人は眼が点になった。
「は!?」
「おもしろくない?」
ムッとした早苗は由紀を怒鳴りつけた。
「与兵衛さんにその変態な趣味バラすからね!」
「どうぞ御勝手に。ホホホホホ!」
笑いながら由紀は去って行った。
「あの子、やっぱり変態なのか?」
「でも、ああいう趣味の子っているかも。わたしは違うけど。」
「そうか?じゃあ、さっきの続き…。」
「うん…。」
せっかく二人にとっていいところだったのに、再び邪魔が入った。
「助さん!淫らなことをするでない!」
「ご隠居…。」
「早苗!もうどうもないなら夜は格さんじゃ!良いか!?」
「わかりました。これでいいですね?…うるさいな。」
「…あぁ。考えが古い。」
「何か言ったか?」
「いいえ。何も。」
「そうそう。逢い引きは今後一切禁止じゃ。良いな?」
「えぇ!?そんなぁ…。」
「淫らなことしそうでかなわん。それにな。早く水戸へ帰りたいからの。」