雪割草
〈86〉手荒な確認
早苗が上に乗ってきた思ったが、彼女にしてはあまりに重かった。
しかも、甘い優しい声ではなく、男の低い声が聞こえた。
「どうだ?助三郎。」
「格さん?何する?」
直ぐに退けようとしたが早苗の方が力が強くて抵抗できなかった。
低く、助三郎に聞いた。
「…俺にときめかないのか?」
「ほんと、強いな…。ドキドキなんてしないから。どいてくれ、早苗。」
しかし、彼女はどかなかった。
悲しそうな表情になり、さも悲しそうに言った。
「…なんで、姉上の名を呼ぶ?」
「は?お前、早苗が姉貴だって認めるのか?」
「俺は、格之進だ!お前はやっぱり姉上の方が良いんだな?」
この悲しそうな言葉を聞き、助三郎はとっさに頭を働かせた。
ここで早苗がいいっていったらまたおかしくなるかもしれない。
格さんがいなくなるかもしれない。
「そうじゃない!お前がいい。」
「そうか?よかった!」
すぐに身体の上の早苗は笑顔に戻った。
しかし、雰囲気がいつもと大きく違った。
「な?わかったら押さえつけるのやめてくれ。暑い!また汗かくだろ?」
「…イヤだ。離したくない。」
「…えっ?」
『離したくない』の言葉がなんとなく怖かった。
黙っていると、様子のおかしい早苗が妙な事を言い出した。
「あのなぁ、俺、ずっと黙ってたが、男が好きなんだ。」
「…あ?…でも、別に構わんだろ?」
中身が女。
女が好きな方がおかしい。
なんでこんなこと言うんだ?
「良いのか!?助三郎が好きで好きでたまらなかったんだ!」
「…は?あぁ…ありがとな…。」
今更何を言ってるんだ?
早苗は何度も『助三郎さまが好き!』って言ってくれた。
なんなんだ?
「…お前は、俺のこと好きか?」
「あ?あぁ。好きだ。」
「本当に?」
「あぁ。誰よりも好きだ、お前の事。」
「良かった。…俺も好きだ。助三郎。フフッ。」
そう言うと、骨ばった男の手でスッと頬を撫でられた。
助三郎はゾッとした。
「…どうした!?やっぱりなんか変だぞ!?」
「変じゃない!お前、いつも姉上ばかり相手して、俺は放置。寂しかったんだ…。」
「お前は早苗だろ!?」
「違う。格之進だ!早苗は姉上だ。」
あまりにも意味のわからない展開に、助三郎は動揺した。
「…また、俺のせいか?不満はなんだ?」
「不満は…お前だ。」
「えっ?」
「俺と一緒に寝てくれない。いつもご隠居はさんで川の字だ。
あの時みたいにお前の腕に一晩中抱きしめてもらいたい…一緒に寝たい。いいだろ?」
なぜか助三郎は笑いが込み上げてきた。
怖さと、理解不可能な展開に頭がおかしくなりそうだった。
「ははは…じゃあ今晩一緒に寝るか?」
もちろん、女の早苗となら喜んで添い寝する!
「やった!でも、夜まで待てない。今が良い!寝よう、な?」
「ちょっと!変な手付きで触るな!おい、やめろ!」
助三郎は、今までの経験から、早苗にとって『寝る』は添い寝でしかないと思っていた。
しかし、今の彼女の『寝る』は全く別のものだった。
それに気付いた助三郎は恐ろしくなった。
普通に生活していて、男にこういう意味で襲われたことはなかった。
「お前があんまりにもいい男だから我慢できない…。」
「おい!なにする!?早苗!?」
早苗は帯に手をかけていた。
「脱がすのが面倒だな。さっき風呂でやった方が良かったろ?せっかく二人っきりだったしなぁ。」
「は!?」
「だが、お前が俺に興奮したせいで、お流れになった。仕切り直しだ。」
耳元で低い声でささやかれ、不気味な笑顔に、背筋に冷たいものが走った。
しかし、勇気を振り絞って叫んだ。
「誰だお前!?格之進じゃないな!?」
どこかで入れ替わったに決まってる!
俺の早苗はどこに行った!
俺の無二の友の格之進はどこに行った!
あいつはこんなヤバい男じゃない!
「なに言ってる?これが本当の俺かも知れないし、そうじゃないかもしれない。
お前の判断に任せよう。」
「イヤだ!助けてくれ!怖い!早苗…元に戻ってくれ!」
なおも、着物を脱がせようとする早苗に恐怖を感じ助三郎は暴れはじめた。
しかし、柔術ですでに早苗に劣る彼は抜け出せなかった。
「怖い!ヤダ!離せ!助けてくれ!」
「だめだ。フフッ。かわいいなぁ。はずかしがっちゃって。」
この二人の修羅場を由紀と新助がずっと見ていた。
新助は常日頃憧れていた男二人の醜態に幻滅していたが、由紀は眼を輝かせていた。
「真昼間から、すごいわねぇ。」
「はい…でも助さん可哀想。」
「あれが男色よ!初めて見たわ!」
「…なんか気持ちのいいものじゃないですね。」
「二人とも男前だからいいじゃない!助さんが思いっきり拒否してるのが残念だけど。」
「由紀さん、やっぱり趣味がおかしいですよ…。」
「格さんの中身は女だから正当よ。おもしろいじゃない。あの子ああやって遊女もたぶらかしたんじゃない?」
「そういえば遊廓行ってましたもんね。」
二人のおバカな会話に気づいた早苗は、睨みつけ脅した。
「…お前ら…何見てる!?」
由紀は逃げることにした。
「きゃー!怖いわ!襲われる!新助さん逃げるわよ!」
「はい!」
驚異的な速さで逃げて行った二人にあきれ、早苗は『確認』を打ち切ることにした。
「助三郎、お前…あれ?」
既に早苗の身体の下にはおらず、部屋の隅で縮こまり、震えていた。
「格さん!お願いだから元の格さんに戻ってくれ!!!」
「すまん、そこまで怖がるとは。
…助三郎さま。ごめんなさい。やりすぎね…。」
あまりに震えがひどいので、女に戻った。
そうすると、彼は落ち着き、早苗に近づいた。
「当たり前だ…怖かった…。」
「嫌だったでしょ?あんな危ない格之進に迫られたら。」
「あぁ。冷汗かいた。」
「じゃあ大丈夫。男色じゃないわ。興奮したのって、今のわたしが裸だって強く意識したからじゃない?
「…そうかもな。」
自分をしっかり、女として見てくれている幼馴染の許嫁にうれしくなり、抱きついた。
「ごめんなさい。やりすぎて。…でも、絶対に気持ち悪いって言わなかったわね。」
「…あの言葉は禁句だ。」
「…鈍感じゃなくなってきた。」
「…そうか?」
「…うん。うれしい!」
しばらく互いに抱き締め会っていたが、
助三郎の身体がどうにもこうにも言うことを聞かなくなった。
「え?なにする気!?」
その言葉で彼は我にかえった。
知らないうちに、早苗は助三郎の下にいた。
いかん!
あんなに試合で暴れて発散したはずなのに、ヤバい格さんに萎えたのに…。
なんでだ?早苗の魅力に負けたか?
「いや、ハハハハ…。」
押し倒されたも同然の早苗が怒った。
「…ちょっと!まだ昼!それに、祝言まではダメでしょ!」
「そんな事しない。さっきのお返しだ。」
誤魔化すつもりで冗談を飛ばした。
「きゃー。怖い!助けて!」
「怖くないくせに。おかしいな。ハハハ…。」
しかし、突然ムラムラした気持ちがウソのように消えた。
ん?