雪割草
…早苗ってこんなに筋肉質で骨太だったか?
しかも、こんな色の着物だったか?
まさか…。
「助さん!」
この声は…。
「…げっ。格さん。」
いつの間にか自分の身体の下にいた女は、男の格之進になっていた。
「…助三郎。やっとその気になってくれたのか?俺は嬉しい!」
首に手を回され、足をからませられ、身動きが取れなくなった。
「…うわっ!」
そこに運悪く、お銀がやってきた。
「由紀さん、押し倒されてるの格さんじゃないの…。」
由紀はお銀を連れて来て見物するつもりだった。
光圀には絶対に怒られるので、一言も言ってはいなかった。
「え!?やっぱりね、そういう趣味だったのね!?キャー!相思相愛よ!」
「…違う!俺は違う!こっちの格さんは怖い!離してくれ!」
「良いだろ?俺の助三郎!」
「離せ!助けてくれ!誰か!」
二人の様子があまりにも見苦しいので、お銀が怒った。
「早苗さん!止めなさい!女の子がする事じゃないよ!」
「だって、こいつが…。」
「格さん、男だからな…はは…。」
「…なんだと?これでどうだ!」
「おう、やれるんならやってみろ!」
いつの間にか、男同士の取っ組み合いのケンカになっていた。
軽口をたたいた助三郎はあっけなく早苗に固められた。
「ひっ。苦しい…。やめて!死ぬ!」
「投げ技の方が良かったか?え?」
「降参だ。離してくれ。お前には敵わん。骨が折れる…。」
「お前、やっぱり寝技の受け身下手くそだな。特訓だ!早く反撃しろよ。」
「ひぃぃ…。痛い…。」
「軟弱いな。いつからそんなんになった?」
お銀はなにを言ってもダメだった二人を見放した。
「…やっぱり男はダメだわ。由紀さん。ほかっときなさい。」
「可哀想ね助さん…弄ばれて。」
部屋は再び二人きりになってしまったが、しばらくは、柔術の特訓だった。
どうにか助三郎は早苗の固め技から抜けだし、反撃を加えた。
しかし、再び押さえつけられた。
「ふう、もういいだろう。」
「苦しい…。もうイヤだ…。」
「特訓しろよ!じゃあ、仕事でもするかな。」
心を落ち着けるために、墨を磨り始めると、助三郎が何やら話し始めた。
「格さん、聞いてくれ。」
「なんだ?」
「頼むから、格さんその二はもうやめてくれ!」
「なんだ?『その二』って?」
「さっきのヘンテコ格さんだ。」
「そんなに恐ろしかったか?」
「…俺が好きなのは、男らしくて、かっこ良くて、強いけど優しい格さんだ。
ヤバイ男色の格さんは怖い!」
「ふぅん。わかった。もうしない。…たぶんな。」
「…なんだよ、たぶんって。」
「さぁ…。」
「今のお前でいてくれ。な?」
「わかった。あれは俺でもちょっと気持ち悪いからな。そう心配するな。」
「…ありがとな。茶、飲むか?俺が淹れるが。」
「あぁ。頼む。」
早苗は許嫁が言うこと聞かないとき、お仕置きに使える必殺技を見つけた。
夜、女に戻った早苗は光圀の眼を盗み、助三郎とおしゃべりしていた。
「ねぇ、なんで格之進とお風呂入りたいの?」
「…偏見じゃないか?女の子同士は一緒に入っても可愛いから良くて、男同士はムサイからダメなんて。」
「そう?」
「お前は、いやか?男のままで俺と入るの?」
助三郎は寂しそうに早苗に聞いた。
「ちょっと…。…でも、そのうち慣れると思うから。そしたら入ってあげる。」
「ありがとな。格さん。」
「…でも、ほんと言うと、誰かと入りたいのって、お化けが怖いんでしょ?」
「……。」
早苗の言葉は図星だったようだ。
強くて格好良いのに、お化けが怖いのがなんとなくおもしろくて、かわいい。
「心配しなくてもお風呂にはあんまりいないわよ。」
「あんまりって、いるときにはいるのか?」
「ええ、もちろん。でもね、幽霊ってそこらじゅうにいるわよ。特に夏はヤバい!」
「イヤだ。やめてくれ!寝られなくなる!」
「怖がりねぇ。義父上さまなら平気?」
「…会えるのか?」
「会いたい?」
「あぁ。記憶がほとんどなくなって来た。会えるなら、会ってみたい。」
「じゃあ、水戸に帰ったらお墓参りさせて。夜中に。」
「…昼じゃダメか?」
「出て来づらいでしょ?夜じゃないと。」
「……。」
「そろそろ寝る時間ね。…水戸に帰るまでよく考えとけ。会うか会わないかをな。」
「わかった…。」