雪割草
おかしなやつとか、変なやつと思われれば、仕事に支障が出てくる。
どうしたらいいか全くわからなくなった早苗は、心の底で助けてくれる人の出現を願った。
その時、願いがかなったのか救いの手が差し伸べられた。
「格さん、ちょっといいかしら?」
それはお銀だった。
「あら助さんも。二人でなにしてたの?」
「二人で鍛錬してた。で、今から格さんと風呂に入ろうかと思っていたところだ。どうだ、お前も一緒に入るか?」
ニヤッと彼はお銀を誘った。
その顔には、立ち合いで見た爽やかさ張りつめた美しさの欠片も無かった。
ただの女好き男の姿だった。
そういう類の男の対処方法が上手いお銀は軽く彼をあしらった。
「残念ね。格さんに大事な用事があるから、お一人でどうぞ」
手をひらひらさせ、早くあっちに行けと言わんばかり。
そんな姿に、つまらなそうな顔をして彼は一人風呂場へと去って行った。
「そうですか。じゃあな。お二人さん」
彼の姿が見えなくなると、早苗はホッと胸をなでおろした。
「助かった。ありがとう」
「早苗さんをあんなのお風呂に入れるなんて、かわいそうだもの」
「風呂を一緒になんて無理だ。裸は、無理だ…」
お銀は項垂れる早苗に、興味津々で聞いた。
「でも、結婚したらどうするの?」
その質問に、早苗は顔を上げた。
「…一緒に風呂に入らないといけないのか?」
「そうでもないわ。好きにすればいいのよ」
少しつまらなそうにお銀は言った。
しかし、早苗はそんなことお構いなしに宣言した。
「じゃあ、俺はあいつと入らない」
「助さんの事、嫌いなの?」
早苗は即答した。
「それはない! 俺はあいつが好きだ! あれ以外の男はイヤだ!」
力強く言ったが、男の姿でそのような事を口にすると違和感がある。
お銀は笑った。
「その姿でそんなこと言うとおかしいわ」
「…だな。おかしいな」
早苗自身、自覚はしていた。
低い声と男の口調で言って良い事と悪い事がある。
それに、今は正体を隠す身。女の感情は隠さなければならない。
そんな彼女の苦労を推し量ってか、お銀は早苗を元気づけた。
「とにかく、困った事があったらすぐに言いなさい。お風呂で聞いてあげるから。ね?」
「あぁ、ありがとう…」
「じゃあ、また夜にね、格さん」
「またな」
二人はその夜の約束を交わし、別れた。