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雪割草

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「いえ、八嶋さまこそお仕事御苦労。それと、祝言おめでとうございます。」

「ありがとうございます。今日お呼びしたのは、飲み会についてなんですがね。」

「飲み会?あぁ、そういえば紀州で約束しましたね。」

紀州を発つ前に、男だけで一杯やりたいと約束したことを思い出した。

「はい。渥美殿と、佐々木殿、新助さんも誘って独り身最後の思い出にと思いまして。」

少し前の早苗なら男じゃないからと断るところだったが、
男としてこの与兵衛ともう少し語り合ってみたいと思った。
さらに、助三郎や新助と久しぶりに男の付き合いがしたかった。

「いいですね。場所は?」

「この家でやりましょう。」

「さっそくあとの二人に知らせますね。では当日。」



早苗はその足で新助のもとへ向かった。

「飲み会来るよな?」

「はい。…でも。」

浮かない様子の新助に、前々から気になっていたことを聞いてみようと思い立った。

「…なぁ、聞いてもいいか?」

「なんですか?」

「あいつ、なんで今まで一度も俺を酒に誘わなかったのかな?」

「…格さんだけじゃないんです。おいらも誘われなかったんで。」

「一人で飲んでるのかな?」

新助から帰って来たのは驚くべき内容だった。

「いいえ。例の晩、格さんが泥酔の助さん投げ飛ばしたでしょう?あの時から一切飲んでません。」

酔い潰れて帰ってきた助三郎を思いっきり投げ飛ばしたことはまだ鮮明に覚えている。
もちろんしっかり本人に直接謝ったが。
しかし、それで飲酒をやめる理由が分からなかった。

「…本当か?」

「はい。…もう二度と飲まないって言ってました。」

その言葉に驚いたが、納得はしなかった。

「…俺はそんなの認めん。」

「え?」

「一緒に飲んで笑ってこそ友達だろ?」

「……。」

新助が深刻そうな顔をしていたが、早苗はその意味を汲みかねていた。



飲み会の当日になった。
夕方、水戸藩の屋敷にあてがわれた一室で暇そうに寝転がっていた助三郎に、声をかけた。

「今晩いいか?」

「なんだ?用事か?」

起き上がって興味深げに聞いてきた。

「新助と一緒に与兵衛さんとこ行こう。飲み会だぞ。」

「……。」

『飲み会』という言葉に助三郎は凍りつき、表情は強張っていた。

「どうした?いやなのか?」


しかし、拒絶の言葉ではなく、泣きそうな声が返ってきた。

「…頼む、酒は勘弁してくれ。」

「なんで?」

「…酔った勢いでバカな事言ってお前をおかしくした。お前を死に追いやった。
お前を失うとこだった。…酔った俺は醜い。…酒は怖い。」


早苗はうつむいてうわごとをつぶやく許嫁の姿に唖然とした。
以前は酒を飲むのが好きだった男が、まったく違う者になっていた。
『格さんと飲みたい』と人懐っこく、しつこいほど誘って来たのが幻のようだった。

飲み会と、早苗の自害未遂がつながり、助三郎は飲酒恐怖症に侵されていた。

このことに気づかされ衝撃を受けた。
自分を立ち直らせ、生かしてくれたはずの男の精神が、少なからず病んでいた。
しかも、自分がまだ気が付かないだけで、何かほかの心の病を奥底に抱えているかもしれないという漠然とした不安がよぎった。


「…飲まなくていいから、与兵衛さんとこ行こう。挨拶がてらな。それならいいだろ?」

「…あぁ、飲まないなら。」

そう言うとやっと助三郎は落ち着き、笑顔が戻った。


しかし早苗は、飲ませないという考えは毛頭なかった。
恐怖症を直し、自分自身の彼に対する償いの為に飲ませ、元のお酒の席が好きな男に戻すつもりだった。


晩、こっそりと屋敷を抜け出し、新助と共に与兵衛の屋敷に向かった。
部屋でいざ酒盛りとなり、迷わず早苗は助三郎の前に酒を差し出した。

「…何の真似だ?」

苦しそうに聞いた。

「飲め。」

「…飲まなくいいって言ったろ?」

「悪い、あれは嘘だ。」

「…なんで俺に飲ませたい?禁酒はお前の為でもあるんだぞ。お前を二度と傷つけないように…。」

「俺のためなら、飲め。…俺はお前と久しぶりに飲みたいんだ。」

「…イヤだ。…怖い。…お前と飲むのは、怖い。」

どうやら、二人で最後にサシで飲んだことで早苗がおかしくなった事で飲むことが余計恐ろしくなっている様子だった。

「良いだろ?新助も与兵衛さんもいるんだし。」

「そうですよ。安心してください。」

「助さん、飲みましょうよ。大丈夫ですから。」

皆が助三郎を励ましたが、彼はまだ過去の悪夢にとらわれていた。
早苗は、今まで思っていたことを口にした。

「…あの時は、俺が悪い。単純で未熟だったんだ。精神的に不安定だったし、冗談だって事が受け入れられなかったんだ。それでいいだろ?」

「…だが。…すべては俺が。」

それでも飲酒を拒もうとする助三郎に奥の手を使った。

「…お前、祝言の席で三三九度やらない気か?」

「…は?」

「お前、姉貴を泣かせるつもりか?…祝言当日恥かかせるんだな?」

「そんなことしない!それに、祝言と飲み会は違うだろ?」


打つ手がなくなった早苗は最終手段で、彼の目の前に酒を置いた。

「いつまでもうじうじ言うな。とにかく、飲め。…でないと、流しこむぞ。」

この脅しが効いたのか、酒の匂いに精神よりも身体が勝ったのか、ようやく助三郎は酒に手を伸ばした。

「…一口だけだぞ。」

「あぁ、それなら許す。」

やっと助三郎は酒を一口含んだ。


「どうだ?久しぶりの酒は、美味いか?」

「…あぁ。」

そういう彼は、初めて酒を飲むような顔をしていた。
その顔に早苗は満足し、飲み会の開始を促した。

「よし、もっと飲め!さぁ、与兵衛さんも、新助も飲もう!」

「はい!」



酒がすすみ、場は徐々に盛り上がった。
身体が酒を欲していたようで、少しづつだが、助三郎は酒を飲んでいた。
うれしくなった早苗は、女の恥じらいを完全に打ち消し、
渥美格之進という男として皆と飲み始めた。
最初は旅の思い出話に興じていたが知らないうちに自分の相手のおのろけになり、最後は飲めや唄えのドンチャン騒ぎになってしまった。

夜も更けたころ、与兵衛の結婚を祝し、一同は解散となった。

「与兵衛さん!祝言頑張れよ!」

「がんばります!ではお休みなさい。」

「お休みなさい。」


新助と別れた頃、助三郎が怪しくなってきた。
助三郎は久しぶりに酒を体に入れたせいで、酔いが回るのが早かったようだ。歩くうちに酒が回り、足がふらついていた。

「歩けるか?」

「大丈夫だ!…俺の早苗が待ってる!早く帰ろう。」

「そうか。じゃあちゃんと歩け!」

結局肩を貸すはめになった。
屋敷の部屋に入ると助三郎を転がした。

「本当に酒が弱いな。さて、俺は風呂にでも入るかな。」

傍で準備をしていると、何やらつぶやいていた。

「…格之進、ありがとな。…あんなに美味い酒は、初めてだった。」

「ん?何か言ったか?」

「いいや。…お休み。格さん。」

「お休み。助さん。」


作品名:雪割草 作家名:喜世