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雪割草

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「…できたらいいけどね」




【改ページ】
 次の日、朝から早苗は路銀の勘定をしていた。
すると、知らぬ間に横から助三郎が隣から覗き込んでいた。

「あれ? 格さん、それ昨日俺がやったぞ」

「え? やったのか。でも、ご隠居に頼まれたんだ」

 すると、助三郎は遠くを見る眼つきでボソッと言った。

「…間違ってるからかもしれんなぁ」

「は?」

 驚く早苗に、助三郎は少し気まずそうな顔をした。

「…俺、算盤苦手なんだ。格さんは得意みたいだな。どうだ?」

 早苗は手元にあった残金が記してある帳面と、眼の前の現金を比較することにした。

「ちょっと待てよ…。確かに、間違ってる」

 帳簿に書いてある金額が明らかに違った。
しかも、その文字がなんとなく読みづらかった。
 彼女は先日貰った文を思い出した。その文の文字も、お世辞にも達筆とは言えなかった。

「やっぱり? まぁいいや。格さんに任せた!」

 反省の素振りなど全く見せない助三郎だった。

「はぁ?」

 呆れた早苗だったが、算盤は嫌いではないのできちんと仕事をすることにした。
残金を計算し、帳簿の誤差の修復に取りかかった。
 しかし、誤差を出した張本人の助三郎は違う事を考えていた。

「それより、格さん」

「なんだ? あんまり声かけるなよ。計算が違ってくる」

 早苗は算盤から目を離さず、注意した。
しかし、助三郎は話しを続けた。

「お光さんに、誘われたんだけどさぁ…」

 早苗は『お光』という言葉に、ムッとした。

「…へぇ。よかったな。どこに?」

「寺子屋だ。少し勉強教えてくれって」

 許婚が子ども好きな事は薄々感じていたが、彼の目当てはそれではない。
お光に決まっていると早苗は思い込んだ。

「…行って来ればいいだろ?」

 ぶっきらぼうに答えた。
許婚が鼻の下を伸ばす光景など見たくも無かった。

「一緒に行こう。ご隠居も行くからさぁ」

 尚も誘い続ける彼に、早苗は聞いた。

「…お銀と由紀さんはどうするって?」

「留守番してるとさ。学問はイヤらしい」

「ふぅん」

 早苗は学問が好きだった。
子どもも好きだった。
 子どもたちに学問を教えるのは面白そうと思ったが、助三郎の醜態を見たくはない。
少し迷い始めた。
 それに気付いたのか、助三郎の誘いは若干しつこくなった。

「な。行こう。路銀勘定は後で良いからさ」

 少し早苗は呆れた。

「これ、元はお前のせいだろ?」

「悪い。埋め合わせするから!」

 そんなこんなで早苗は主と許婚にしぶしぶついて行った。




 寺子屋に着くと、そこには若い男が居た。
その姿に、早苗は少し安心した。
 助三郎がお光目当てに来たとしても、男が居れば酷い事にはならないはず。

「はじめまして。この寺子屋を管理しております、辰二と申します」

 彼は爽やかに三人に挨拶した。
光圀がそれに答えた。

「光衛門と申します。こちらは供の助と格です」

 辰二は早苗と助三郎の二人に、頭を下げた。

「学問を教えるのを手伝っていただけるそうで、ありがとうございます」

「いえ。…しかし、私は何をお手伝いすれば?」

 人に教えた経験などほとんどない。
そんな自分が出来るのか少し不安だった。

「そろばんをお願いできますか?」

「わかりました。で、この助さんはなにを?」

「習字をお願いしました」

「そうだ。俺は書を教える」

 信頼した様子の辰二と、やる気満々の助三郎を見て思わず早苗は声を上げた。

「えっ? あの字で?」

 彼女は先ほど見た帳面の文字と、彼から送られてきた文の字を思い浮かべていた。
 読みづらい文字。
 そんな字を純粋な子どもたちに教えるのは如何なものか。
 そう考える早苗を見て、助三郎は少しムッとした。

「俺だってその気になれば上手く書ける! …でも、俺、格さんになにか書いたもの見せたか?」

 帳簿にはほんの少ししか書いていなかった。
貰った文には多くの文字。
 しかし、文の話は厳禁。

「え、えっと、さっきの帳簿で見た」

「あぁ、あれか。そんなに汚かったか?」

 勘繰られなかった事に安堵したと同時に、字の汚さに自覚症状がないことに驚いた。
しかし面と向かって批判など、知りあって日が浅い『格之進』ができるわけがない。
 曖昧に言葉を濁らせた。

「いや…。その…」

「まぁいい。勉強の時間だ」


 
 彼は一体、本気になったらどのような字を書くのだろう。
早苗は気になって、手が開いた時にちらっと覗き見した。
 そして大いに後悔した。
 その字は大して変ってはいなかった。


 寺子屋の子どもたちは素直で可愛く、真面目で教え甲斐があった。
しかし、一つ残念な事があった。
 教えてあげた後、子どもたちは行儀よく早苗に礼を述べた。

「ありがとう。 おにいちゃん」

 子どもたちから見て、早苗はどこから見ても『おにいちゃん』
『おねえちゃん』ではない。
 それは仕方のない事だったが、彼女は少し残念に思った。



 お供二人が楽しそうに学問を教えている様子を、光圀と辰二が眺めていた。
辰二は、光圀に小さな不満を漏らした。

「この寺子屋、ぼろぼろでしょう? なかなか直せませんで…」

「そうじゃな…。ちとぼろいの」

「しかし、先立つものが無いのでなかなか…。そのせいで、お光さんにも大変な思いばかりさせてしまって…」

 辰二はそう言いながら、茶を運んできたお光に眼をやった。
しかし、その眼差しは暖かいものだった。
 お光は、笑顔で彼に言った。

「辰二さん、わたしは平気です。子どもたちの笑顔が見られればそれだけで元気になれますから」

 そう言うと彼女は寺子屋の仕事へと戻って行った。
その姿を眺め、光圀は呟いた。

「…良い娘さんですな」

「はい。明るくて皆に慕われています。…こんな寺子屋なんかに残ってくれるのが不思議なくらいで」


 二人が話している所へ、商人風体の男が入ってきた。
それは腰がやたらに低くし、愛想笑いを浮かべ、少し胡散臭そうな男だった。

「良いお日柄で。辰二さん、ちょいとお時間ありますか?」

 辰二の表情が途端に険しくなった。

「浜屋さん、なんの御用ですか? まだ子どもたちがいるので、後にしていただけませんかね?」

 そう追い払おとすると、浜屋と呼ばれた男はすごすごと退散した。

「ごめんなさいね。では後でまた来ますかね…」

 男の姿が消えると、辰二の険しい顔も元に戻った。
二人の関係に光圀は興味を抱いた。

「あの方は?」

「…はい、近所の薬種問屋の浜屋さんです。この時間に来るなと言ってるんですが、聞いてくださらなくて」

「ほぅ…。なんの御用で?」

 光圀は興味津々。
辰二は、好奇心いっぱいの彼の眼に躊躇し、多くは語らなかった。

「…色々持ちかけてくるんですよ。それがちょっと厄介で」

「たとえば?」

「…人を雇えとか、ここより良い土地が有るから移らないかとか」

「ほぅ…」

 光圀は何かを感じた。
そして、再び質問しようとした矢先、お光の声に遮られた。
作品名:雪割草 作家名:喜世