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〈12〉初裁き

　光圀と助三郎の無駄な話が終わり、作戦も出来た。
この無駄話で助三郎は光圀と二人で台詞まで作り上げた。
　面白そうに話す許婚を適当にあしらい、早苗は受け流した。
そのような台詞に気を取られるほど、彼女に余裕はなかった。
　初めてする大きな『仕事』
作戦道理うまくやることに、緊張していた。


　支度が整うと、光圀は早苗と助三郎を引き連れ、辰二を訪ねた。

「辰二さん、お光さんのことどう思ってらっしゃるのですか？」

　単刀直入に、光圀は彼にそう聞いた。
少しの沈黙の後、辰二は口を開いた。

「…好きです、女子として。…だから、縁談は断りました。…ボロでも寺小屋はできるので」

　少し顔を赤らめながら彼はそう言いきった。
お光も辰二も思い有っている事がはっきりし、状況が良い方向へ向いたので、早苗は満足していた。
　しかし、すべてが上手く行ったわけではない。
　最大の問題が残っていた。

「辰二さん。貴方の選択は正解でしたな」

「…なぜ？」

「浜屋と三嶋屋はこの寺小屋の土地が目当てじゃ。三嶋屋の娘を辰二さんに押しつけて。
だから邪魔になると思ったのじゃ。お光さんを力尽くで長屋から追い出そうとしておった」

　光圀の言葉を聞き、辰二はあわてた。

「大丈夫なんですか！？　お光さんは！？」

「はい。何ともない大丈夫じゃ」

「…よかった」

　ほっと安心した様子の辰二に、光圀は笑顔で言った。

「これから浜屋と三嶋屋を懲らしめるのでな。…どうやらここに来るみたいじゃ」

「え？」

　驚いた辰二だったが、光圀は落ちつき払っていた。

「まぁ、のんびりお茶でも飲んで待っていてください」

　そうしていると、その通りに浜屋と三嶋屋がヤクザを連れてやってきた。

「辰二さん。この土地を売ってくれませんかね？　お望みの金額で買いますよ」

　本当に欲しいのは土地。
ついに本音でぶつかってきた二人に辰二は立ち向かった。
　
「いくらであっても売りません！　子どもたちに寺子屋は必要です！」

「わからない人ですね…」

　浜屋はヤクザどもに目配せをした。
　しかし、武力行使に出る前に止めるのが今回の光圀の作戦。

「わからないのはお前さんたちじゃないのかの？」

　その言葉に、三嶋屋は貶した顔で言った。

「じいさん。あんたには関係ないんでね。ひっこんでいてもらおうか」

　年より呼ばわりされた光圀はイラッとしていた。
しかし、顔には出さなかった。
　代わりに笑顔で言ってのけた。

「まぁ、悪い事を良くもこう平気でできるものじゃ。悪人面はそのせいか」

「なんだと！？」

「己れの欲のために男女を引き離す。子どもに大切な学問を奪おうとする。許せんのぅ」

「黙れじじい！」

　再びの年より呼ばわりに光圀はキレた。
お供二人に合図を出した。

　
「言葉が過ぎるぞ！」

　助三郎が怒鳴った。

「こちらにおわすは水戸徳川光國公なるぞ。この紋所がわからぬか？」

　助三郎は声高らかに、印籠を見せつけた。
そのとたん、皆は騒ぎ始めた。

「…葵の御紋！？」

「ウソだろ！？」

「控えろ！　御老公の御前であるぞ！」

　早苗が睨みつけた。

　すると、一人また一人とひれ伏し始めた。
そしてついには三人以外にその場に立っている者はいなくなった。
　お裁きが下された。

「浜屋、三嶋屋。その方らが町の寺小屋の土地を奪おうと、娘まで使って暗躍していたのはもはや明白。観念せい」

「ははぁ…」

　悪人どもは頭を地面にこすりつけた。

「学問は人生の基となる大切なものじゃ。それを子どもたちから奪うなどもってのほか！
心を入れ替え、真面目に商いをすると誓えるか？」

　光圀が怒りをあらわにすると、悪人は怖がり即答した。
　
「仰せの通りに！」

「役人によく言っておくからのぅ。口だけ出まかせを言っても、ダメじゃからな」

　最後に光圀はそう釘を刺した。
もはや、悪人どもに逃げ道はなかった。

「良かった、良かった。一件落着じゃ」




　宿に戻り、明日の出立に備えることとなった。
皆が支度をしている傍で助三郎は一人、台詞作りにこだわっていた。

「…格さん、やっぱり何か言いにくくなかったか？」

「台詞か？」

　早苗は仕度の手を止めず彼に聞いた。

「あぁ」

「…確かに、歯切れが悪い。流れも悪い気がする」

「…良い考え浮かばないんだ。どうしようかな」

　些細なことに一人で頭を悩ませる彼に早苗は少し呆れたが、その様子が面白いので許した。
そして少し助け船を出した。

「ご隠居には聞いたのか？」

「あぁ。でも、ご隠居もネタ切れだ」

「だったら、辰二さんは？」

「良い考えだ！　そうしよう！　いい考えを教えてくれるかも知れん！」

　助三郎は矢立てと帳面を手に部屋を抜け出した。
行動力が良すぎる彼に驚きつつも彼をそのまま行かせはしなかった。

「おい、明日出立だぞ、支度は？」

「あとでやる！」

「…できるのか？　あ、お光さんを辰二さんの所連れてくんだから、早く帰ってこいよ！」

「わかった！」

　
　助三郎が仕度をしっかりするとは思えなかったので、代わりにしてやった。
これも嫁入り修行と一人で満足した早苗だった。

　しばらくすると、意気揚々と将来の夫が戻ってきた。

「葵の御紋の威力が上がったぞ！」

　興奮した様子の彼は、綺麗にまとめられた己の荷物に気付かなかった。
せっかく彼のためにやった事、少し早苗はムッとした。

「あっそう…」

「なんだ？　聞きたくないのか？」

「別にいい」

「そう言わずにさぁ…。あ、俺の荷物まとめてくれたのか？」

　助三郎はやっとそのことに気付いた。
早苗はこくりと頷いた。

「ありがとな」

　礼を言われ、早苗は嬉しくなった。
そしてついつい気が緩んだ。

「台詞、聞かせてくれ」

「よし。まずはな…」

　彼は楽しそうにセリフの説明をしはじめた。
最初は許嫁が楽しそうなので、早苗も乗り気にはなった、しかし最後に不満が多く残った。

「…なんで台詞を分担する？」

「不公平だろ？　一人でやったら」

「はぁ？　だったらなんで俺の台詞の方が多い？　言いにくそうだし…」

「カッコいいんだからいいだろ？」

「…カッコいいなら、自分でやればいいだろ？」

「だって…」

「助さん一人でやれば良いんじゃないか？　俺は見てるから」

「それはイヤだ。一緒にやろう！　な？」

　懇願された早苗は、イヤと言えなくなった。
そこで台詞は諦めた。しかし、もうひとつ疑問が。

「…で、なんで俺が印籠を出すんだ？」

　恐れ多い葵の御紋が入った印籠。持つのは緊張するもの。

「あ、そのことか？　ご隠居は自分で出すのは面白くないって」

　面白さ、楽しさを求める光圀も光圀だった。

「でも、だからってなんで俺なんだ？」

「俺は、乱闘になったら刀を持つから…」

　何とも説得力がない理由に早苗は溜息をついた。

「俺は素手だからってか？　それは言い訳じゃないか？」

「…だって、格さんの方が絶対映えるし」

　助三郎はぼそっと言った。
しかし、早苗の耳には届かなかった。