雪割草
〈14〉脱出計画
お銀は、早速自身が入手した噂、『娘がたくさん拐かされ、行方知れずになっている』という物を入念に調べ始めた。
そして、彼女は侍と大店が関わっているのではという情報を得る事が出来た。
その日の夕方、お銀は大店、豊海屋の屋敷の屋根裏に忍び込んでいた。
そこにはやはり、侍が訪れていた。
「町の若い娘たちはどれだけ集まった?」
侍は部屋の上座にでんと座ると、偉そうに言った。
その前に座る男は、大店の主と見える。
「すでに二十人ほど…」
侍は喜び、笑って言った。
「あと一息だ。よろしくたのむぞ」
豊海屋の主も侍に合わせ、笑い声を上げた。
そして、彼はお銀の知りたい事をぺらぺらとしゃべり始めた。
「…しかし、遊廓のための女を拐かしてくるとは、ご家老さまもお人がわるいですなぁ」
ニヤニヤと人の悪そうなほくそ笑み。
「良く言うわ。お前が提案したのだろう?」
「しかし、とびきり上等の娘を、傍女にと望んだのは貴方様」
更に怪しい笑みでそう言うと、侍は怒鳴り声をあげた。
「それは他言無用!」
豊海屋は驚き、慌てて頭を下げた。
「…まぁ、お互い様だ。わしと御家老様は若い娘と遊廓の儲けを手に入れられる」
ニヤリと悪人面をする侍に、豊海屋は顔を上げ、同じ悪人面で返した。
「わたしもそのおこぼれに…」
二人で再び笑うと、侍は立ちあがった。
「…ぬかるでないぞ」
「…はい」
お銀は屋根裏から出て、店の前に先回りした。
侍が駕籠で帰っていく様子を確認した後、店の表で掃除をしていた丁稚《でっち》に聞いた。
「ねぇ、あのお侍さん誰か知ってる?」
お銀は小銭を男の子に握らせた。
商売屋の丁稚。こういう事には慣れている。
「あれは、ご家老大久保様の側近の方だそうです」
「ありがとう、はいこれあげる」
ついでに飴も褒美にやり、お銀は家老の屋敷へと向かった。
そして難なく忍び込み、調べつくした。
そして次の日の、昼前、光圀に報告にやって来た。
「どうじゃった」
光圀はお銀の労を労い、茶を勧めた。
しかし、彼女はそれを飲まずに報告を始めた。
「主犯格は家老の大久保弾正、側近穂坂、紙問屋豊海屋。
この三人で遊廓を作り、儲けを山分けする計画をしています」
「遊郭か…。若い娘ばかり拐のはその為か…」
「はい。しかし、その中から娘を選び、家老と側近の傍女に献上するとの話も…」
「すぐにやめさせなければならんが、問題は全員無事にどう逃がすかじゃ。それで、由紀は今どうしておる?」
「今のところは何も問題ないそうで、他の娘さんたちを勇気づけているそうで」
「そうか、さすがは由紀じゃ…」
光圀は胸を撫で下ろした。そして、早苗をおもった。
彼女も、必死に皆を逃がす事を考えている筈だった。
お銀は良くない報せを続けた。
「弥七さんの知らせによりますと、まだ娘さんたちの数は増えているとのこと」
「増えておるか…。いかんのう。余計に難しくなる…」
そこで、それまで黙って報告を聞いていた助三郎が、徐にお銀に向かって口を開いた。
「見張りはどうなっている?」
「見張り? やくざ者が交替で、あと浪人の用心棒が少し居るそうよ」
「そうか…」
助三郎は腕組みをして思案し始めた。
「何か考え付いたの?」
「あぁ。…ご隠居、囚われている娘さんたちを助けに行ってもよろしいですか?」
「おや、良い手があるのか?」
「はい、この身形ではちょっと難しいのですが…」
その日の夕方、豊海屋が雇っているやくざの元締めの家の土間に、若い男の姿があった。
「ケンカは自身がある。俺をここで使ってくださいよ。お役にたちますぜ」
それは助三郎であった。
本来はれっきとした武士の助三郎、下品なやくざより浪人がよかったが急場で用意が間に合わなかった。
古着を着乱し、いつも綺麗に整えている髷を少し曲げた。
これでやくざの出来上がり。少し上品だったが。
しかし、その格好でいざ行こうとした途端、光圀とお銀は彼が行く事を渋り始めた。
なぜ行ってはいけないのか、その理由を聞いたが、二人からは曖昧なことしか返ってこない。
そこで助三郎は押し切り、今やくざの懐に入る所だった。
しかし、元締めは少し上品な助三郎のやくざ姿を鼻で笑った。
「帰れ帰れ、そういう奴に限って、弱ええんだ」
「そんなこと言わずになぁ」
助三郎は粘った。ここで失敗すれば元も子もない。
「頼むよ。金欲しいんだ。なぁ?」
すると気が短いと見える元締めは邪魔な彼を追い出そうと試みた。
「うっとおしいなぁ! おい、お前ら、こいつを表におっぽりだせ。目障りだ」
「ヘぃ」
その声と供に、柄の悪そうな男たちが助三郎の前に立った。
「兄ちゃん、早く帰んな」
「おめぇみたいにひょろっとしたやつが用心棒なんて無理なんだよ」
ムッとした助三郎だったが、これを好機と捉えた。
男どもに喧嘩を挑み、打ち負かし、自分が使える男だと見せつける計画を瞬時に立てた。
「黙れおっさん。俺は若くて、あんたみたいに贅肉が付いて無いから細いんだよ!」
「なんだと!? このクソ餓鬼!」
やくざの男は助三郎に殴りかかってきた。
しかし、武士の助三郎。元より武術はお手のもの。
素人の男どもの攻撃など難なく交わし、お返しに皆倒してやった。
「へ。どうだい? 強ぇだろ?」
これをみた元締めは開いた口がふさがらない状態に。
そしてころっと態度を変えた。
「すまなかった! さっそく働いてもらおう!」
助三郎は心の中で喜んだ。
「で、俺はなにするんだ?」
「…町外れにあばら家がある。そこの番をしてもらう」
お銀の報告通り、それは娘たちの居場所だった。
助三郎ははやる気持ちを抑えながらも、聞いた。
「…何がそこにあるんですかい? お宝かい?」
すると、元締めからは拳骨が飛んできた。
そんな物、助三郎は素早く避けた。
それを恐ろしげに眺めた後、元締めは吐き捨てるように言った。
「新米が首を突っ込むんじゃねぇ! 行ったらわかる。おい、早くコイツを連れて行け!」
やくざどもに連れられ、目当ての場所にやって来た。
とんでもないぼろ屋。その中に娘たちが監禁されていると思うと、怒りがこみ上げる助三郎だった。
すると、やくざの男が彼に寄って来て言った。
「新入り、しっかり見張れ。それと、中の者に手ぇだしたら承知しねぇからな」
「わかってる」
適当に受け答え、助三郎は見張りをする振りをした。
そしてしばらくすると、彼以外のやくざたちは姿を消した。
大方、酒でも飲んで遊んでるのだろう。
周囲を確認し終わると、助三郎は家を調べにかかった。
扉にはご丁寧に鍵が。中もちょっとやそっとでは覗けない。
家を隅々まで見渡し、ついに人目に付きにくい場所に窓を見つけた。
そして、彼はそこから中の様子を窺った。
お銀の報告の通り、若い娘が大勢捕らわれていた。
そしてその多くが泣き、空気は酷く重苦しい。
助三郎はそんな中、そっと声を掛けた。