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雪割草

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「…由紀さん、居るか?」

 彼女の姿を探した。

「…あ、助さん、ここです!」

 由紀は見知った顔がそこから覗いた事に安堵し、窓に近寄った。
助三郎は由紀の無事な姿にほっと一息ついた。

「よかった、無事で。…ん?」

 彼はある事に気付いた。

「由紀さん、さっき由紀さんが居た場所の隣にいた娘って、あいつか?」

「え? 誰のこと?」

 由紀は努めて動揺を隠した。

「早苗だろ? 違うのか?」

 許婚の眼はごまかせなかった。
確かに、由紀は早苗の隣に居た。
 由紀はこそっと彼女に言った。

「…どうする? 助さん来ちゃったわよ」

 早苗は助三郎が覗いた直後に袖で顔を隠していた。
息をひそめ、見つからないよう頑張ったが、意味は無かった。
 袖を大人しく下ろした。

「…もう諦める」

 早苗は顔をあげ、許婚を見た。

「やっぱり早苗か!? なんでお前がここにいるんだ!?」

 心配と動揺、疑問が入り混じった顔で助三郎は早苗を見た。
そんな彼に、早苗は何をどう説明すればいいのか解らなかった。
 
 じつは格之進は自分だ。
今から変わるから、一緒に女の子たち助けて逃げよう。
 などと爽やかに言う事などもってのほか。
 
「その…。親戚の家がこの近くにあって…。家の用事で来ていたところ捕まって…」

 精一杯の言い訳。
すると、助三郎は笑った。

「…ドジだなお前」

 助三郎の眼は笑っていなかった。
しかし、そんなことに気付かない早苗はそっぽを向いた。

「ドジで悪かったわね!」

 助三郎は肩をすくめると、大げさに言った。

「…おお怖い。捕まえた奴は失敗だな。こんな怖いやつが中に入ってるなんて」

 ふざける許婚に早苗は悲しくなった。
心配してくれない。笑われた。からかわれた。

「…無駄話するなら、早く帰って」

 早苗は完全に許婚から顔を背け、彼に背を向けた。
すると、助三郎は態度を改めた。

「…悪い。そんなこと言うな。…無事で、よかった」

 この言葉に少し嬉しくなった。
しかし、早苗は照れ隠しに助三郎に反発した。

「これのどこが無事なのよ」

 やはり幼馴染の許婚同士。
すぐに売り言葉に買い言葉。

「よし。減らず口叩けるなら大丈夫だ」

「フン!」

 喧嘩し続ける二人を由紀が呆れて眺めていた。
しかし、泣き続けていた娘たちはその光景に気分を紛らわす事ができたようだった。
 
「そんなに怒るな。…皺が増えるぞ」

 助三郎がニヤッとそう言うと、早苗は膨れた。

「増えないもん!」

 さも、ピンと張った若い肌に皺など無縁だと言うように。


「まぁ、なんでもいい。すぐに出してやるからな」

「みんな一緒じゃないとダメよ」

 早苗は彼に念を押した。

「わかってる。全員無事に助け出す」
 
 真面目な顔で彼は早苗と約束した。
 
 
 その日の夕方、やくざの元締めが助三郎の見張りするあばら家にやってきた。
彼は中を覗き、女たちを品定めしていた。
 なにやらイヤらしい眼つきで娘たちを眺めた後、彼は二人の娘を指差した。

「あの娘たちだけ、明日の晩連れていく」

「え? なんで?」

 助三郎の動揺は尋常ではなかった。
指名されたのは誰であろう、自分の許婚と彼女の親友だったのだ。

「上の方からの御所望だ。あの二人は見目が良い。雰囲気も気品がある。連れて行く」

「…明日の晩、ですか?」

 許嫁が、彼女の親友が、傍女にされる…。
 大事な許婚、由紀にも将来を誓った相手が居る。
 そんな二人が、他の男に穢される。
 助三郎は恐怖した。

「それまでしっかり番してろ。わかったか?」

「へい…」

 元締めを見送ると助三郎はすぐにお銀に繋ぎをとった。
何度か彼女や弥七とやりとりし、娘たちの救出計画が出来上がった。
 完璧に見えたが、助三郎は不安だった。
それは、格之進の不在から来る物だった。

「…格さん。なんで帰ってこない?」

 彼は一人で闘う事を恐れた。
光圀の護衛が第一優先。身を呈しても主だけは守らなければならない。
 それを、己一人で出来るのか。
不安がよぎった。

 まだそこまで強くはないが、格之進が居るのと居ないのとでは大きく違う。
そう彼は信じていた。
 
「早く帰ってこい…。格之進」

 強く願った。
そして、計画を遂行するため行動に出た。
 
 早苗と由紀を窓の傍に呼び寄せ、大まかな流れを説明した。

「二人ならできる筈だ、頼むな」

「はい」

 二人は早速準備に取り掛かろうとした。
しかし、助三郎は許婚を引きとめた。

「…なにか用?」

 緊張と恐怖が混じった表情の彼女に、助三郎は誓った。

「…絶対、助けるからな。妾なんかに、させないからな」

 早苗は黙って助三郎を見ていた。
彼は続けた。

「…絶対にお前を危険な眼には合わせない」

 早苗はその言葉をとても嬉しく思った。
しかし、彼女はその感情を押さえ付けた。
 私情は己の身を、許婚の身を危うくする。

「…助三郎さま」

 久しぶりに、本来の姿で、本来の呼び方で許婚を呼んだ。
 
「…なんだ?」

「…わたしのことは考えないで。仕事に集中して、皆を助けて。悪いやつを懲らしめて」

 きっぱりと言い切った。
すると彼は苦笑した。

「…お前も俺に仕事しっかりやれってか?」

 『お前も』という言葉に、早苗はドキリとした。

「…誰かに、言われたの?」

「…あぁ。格之進によく言われる」

「そう…」

 同一人物。
 同じ事を言うに決まっている。
 助三郎は不安な表情で話し始めた。

「…あいつ、使いに出たまま、まだ帰ってこないんだ」

「…それで、不安なの?」

「…あぁ。あいつが居ないと困る。…今すぐ帰ってきてほしい」

「そう…」

 早苗は申し訳なく思った。
『早苗』が捕まった事のみならず『格之進』が不在という事で彼を苦しめる。
己の行動を悔い改めた。

 二人の間に、静かな時が流れた。
突然、助三郎は思い立ったように口を開いた。

「早苗…」

「なに?」

「こんなときに、何だが、俺…」

 しかし、それは男の怒鳴り声にかき消された。
むさ苦しい男が濁声で助三郎に怒鳴りつけた。

「中の女と話すなって言っただろうが!? 下がってろ!」

 助三郎はあばら小屋から遠ざけられてしまった。
許婚の姿を眼で追っていた早苗だったが、彼女を新たな見張りの男が邪魔をした。

「ねぇちゃん。今晩ご家老様に可愛がってもらうんだってな。楽しみにしとけ」

 いやらしい眼つきで言う男に、早苗の身体に虫唾が走った。

「黙れ、下郎! おなごに向かってそのような口を聞くでない!」

 睨みつけ、言葉を改めて怒鳴りつけた。
すると、男はニタニタ笑って言った。

「おお怖。お武家の娘さんだ。だまってりゃ可愛いものを…」

 気色悪いその声に早苗は負けじと声を張った。

「仕事をしなくて良いのか? さっきの男に注意しておきながら、お前こそ仕事してないではないか!」

 一向に怒るのをやめず、隙を見せない早苗に男はうんざりした様子で厭味ったらしく言った。

「はいはい。姫様。仰せのままに…」
作品名:雪割草 作家名:喜世