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雪割草

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「…女どもが、何者かによって皆逃げてしまいました」
 
 悪党だが、彼は家老が怖かった。
言い訳は諦め、逃げも隠れもせず、そう正直に言った。
 すると、家老は手の扇子で豊海屋を叩くと、彼に罵声を浴びせた。

「バカもの! 早くどうにかするのだ!」

「バカものはご家老さまでしょう?」

 三人しかいない筈の部屋に、違う男の声が響いた。

「誰だ!?」

 家老の側近は声がする場所を探り当て、刀に手を掛け脅しを掛けた。

「出てこい! 隠れても無駄だぞ!」

 そこへのこのこ出てきたのは、誰であろう光圀だった。
しっかり、早苗と助三郎が離れずに守っていたが。

「…なんだ? じじいか」

 老人扱いされた光圀の頭に一気に血が上った。
彼は悪人たちに喝を入れた。

「お前さんらの悪事はお見通しじゃ。観念せい!」

 しかし、身形が大店の隠居。
お供も若い手代風の男二人。
 威厳も何もない。
 悪人どもは三人を鼻で笑い、声高に言った。

「だまれ、じじい! こちらにいらっしゃるのはご家老様だぞ! 控えよ!」

 こんなことに屈する光圀ではなかった。
もちろん、身分は一国の家老などより遥かに上。
 しかし、彼は悪人どもの性根に怒りを覚えていた。それ故、控えるなど出来なかった。

「自分の欲のために、平気で若い娘の一生を狂わせる。そのような事のできるご家老様など、人間以下じゃ! そんな人でなしに頭など下げられんわ!」

 光圀がそう怒鳴りつけると、家老も怒り心頭。

「小癪なじじいめ。若造諸とも抹殺してくれるわ!」

 そう言って顎でなにやら指図を出した。
すると、屋敷のあちこちから、刀や槍を手に武装した侍が大勢出てきた。

「…ほう。わしらを抹殺する気じゃな。あぁ、恐ろしい」

 光圀は余裕だった。
彼自身、まだ身体は動く。それに、供には若い男が二人。
 彼らを信頼し、なにも恐れてはいなかった。

 しかし、経験が浅いお供二人は震えた。
主を守り、敵を殺さない。
 難しい闘いが待っている。

「…格さん、怖いか?」

 助三郎がそっと早苗に窺った。

「少し…」

 彼女の恐怖は少しばかりではなかった。
 身体が、足が震えはじめてていた。
それに助三郎は気付いた。そして、優しく声を掛けた。

「…心配するな、俺も怖い」

 剣豪の彼から出たその言葉に早苗は驚いた。
しかも、彼は早苗を安心させるためか笑顔だった。
 
「…集中しろ。集中すれば、怪我はしない。それに、お前は弱くない」

 早苗は彼の笑顔に、彼の言葉に勇気づけられた。
怖さは薄れ、覚悟が出来た。
 どこからでもかかって来いと言わんばかりに、彼女は構えた。





「こやつらを生かして帰すな! やれ!」

 家老の命令に従い、敵が一斉に武器を構えた。
もう、闘うしか道はなかった。

「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい!」

 光圀の指示が出た。

「はっ!」

 二人は襲いかかる敵に立ち向かった。




 助三郎は自身の小太刀で敵の大刀を受け止め、はね返すと早苗に大声で助言した。

「格さん、躊躇するな! 相手をよく見るんだ!」

「わかった!」

 彼女は普段の鍛錬を生かし、許婚の助言に従い、敵の動きをしっかりと見ながら闘った。
時折、危険な場面もいくつかあったが、助三郎がすべて庇った。
 
 敵の猛攻は最初のうちだけだった。
最初こそ、腕に覚えのある侍たちが果敢に立ち向かってきたが、すべて早苗、助三郎、光圀に叩きのめされた。
 残っている、やる気が無く弱い侍たちは逃げた。
どんどん逃げる侍が増える中、早苗はある男を見つけた。
 それは家老だった。

 どうにか難を逃れようと身を隠そうとしている様を見ていた。
蔑んで観ていたが、どうにもこうにも怒りがこみ上げてきた。
 そして、睨みを聞かせ、彼に近づいた。
 
「おい、待て!」

 驚いた様子の家老は、早苗を見るなり腰を抜かした。
そして、みっともなく畳の上を這った。

「ひっ…。く、来るな!」

 逃げる様を早苗は鼻で笑った後、彼の首根っこを捕まえた。

「…俺らの恨み、思い知らせてやる」

「やめろ!」

 早苗は渾身の力で家老を庭に投げ飛ばした。
大きい男が自分の力で吹っ飛んだ事に早苗は満足した。

「二度とあんなことさせないからな!」

 その時、光圀から止めが入った。

「助さん、格さん。もうよかろう。…ちょっとやりすぎじゃ」

 そう言うと彼は助三郎に目配せした。
入念に練り上げた、台詞のお披露目の場だった。
 
「静まれ! 静まれ!」

「静まれ!」

 早苗は、助三郎からの目配せで、一番大事な印籠を懐から取り出した。

「この紋所が目に入らぬか!」

 ぐっと敵に見せつけた。
すると、辺りは騒然となった。

「葵の御紋?」

「うそだろ!?」
 
 ざわざわし始めたその場を貫くように、早苗は深呼吸した。
大事な台詞が待っていた。

「こちらにおわすお方をどなたと心得る。畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」

 言いきると、敵の顔が青ざめた。
そこへ、助三郎が追い打ちを掛けた。

「一同、御老公の御前である。頭が高い! 控えおろう!」

 すると、皆怖がり、地面に這いつくばった。
その光景は壮観だった。
 皆が光圀に頭を下げる。
たった一つの印籠で、『隠居じじい』が『天下の黄門様』に変わる。
 あながち、許婚が必死に考えた台詞も悪くないなと内心思う早苗だった。


 光圀は早速裁きを下した。

「大久保弾正、穂坂ならびに豊海屋。その方らの悪事もはや明確。観念せい!」

 悪人どもは素直に頭を下げた。ただ一人、家老の大久保を除いて…

「御老公様、誤解でございます! それがしは!」

 光圀は言い訳を言わせなかった。

「黙れ! だったらあの娘たちは何じゃ?」

 そこに、お銀が被害者である娘たちを連れてやってきた。
娘たちは一斉に家老たち悪党どもを睨んだ。
 見女麗しい者を攫っただけある。
綺麗な顔で睨まれ、悪人三人は震えあがった。
 そして、娘たちに負けず劣らないお銀が言った。

「ご家老さま、この娘たちを遊女にして儲けようって相談してたのでしょう? すべて聞いてますよ」

「それは、その…」

 尚も言い訳しようとする家老に対し、お銀が行動に出ていた。
彼女は笑みを浮かべたまま、抜き身の刀を家老の首に当てた。

「ご家老さま、この娘たちの中から一人自分の物にしようと考えてたそうですね? 正直に言った方が身の為ですよ」

 家老はついに、観念した。

「…恐れ、入りました」

 光圀は満足すると、その場の者たちに告げた。

「追って藩侯より、厳しき沙汰があるものと覚悟して待っておるがよい」




 悪人どもをしょっ引かせ、その場のごたごたを静めた後、助三郎は早苗に近づいた。

「格さん。そこまで危険じゃなかったし、大丈夫だったな」

 しかし、早苗は気持ちのいい返事が出来なかった。

「…でも、まだ鍛錬が足りない。俺、庇ってもらってばっかだった」

 しかし、早苗のそんな言葉、助三郎は気にしていなかった。
作品名:雪割草 作家名:喜世