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雪割草

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「怪力は大好きな助三郎さまにも嫌われるわよ。格さん!」

「もう! 怪力って言わないでよ!」





 やっと由紀から格之進の所行に対する許しが出たので、早苗は男に姿を変えた。
彼女をジロジロ眺め、溜息をついた。

「やっぱりわたしの与兵衛さまの方が全てにおいて何十倍も上だわ!」

 眼を輝かせる彼女に、早苗は窺った。

「なぁ、『与兵衛さま』ってどんな人だ?」

「教えてあげる。わたしの将来の旦那さま」





 由紀は江戸の藩邸で女中をしている間に、幾度か見合いをしていた。
しかし、彼女は真剣ではなかった。
仕事が面白く結婚などという考えは毛頭なかった。
 しかし、建前はある。一度会う事は会ったが、尽く何かしら理由をつけて次の面会を断っていた。

 許婚、与兵衛もそのなかの一人だった。

 彼との見合いからしばらくたったある日、由紀は宿下がりをしていた。
そのついでに買い物に出かけたが、運悪く雨が降って来た。
 雨は収まるどころか、どんどんひどくなる一方。
 店先で雨宿りしていると、傍にいた武家の男が話し掛けてきた。 

「ひどいですね」

「はい…。止みませんかね?」

 店先は、暗かった。
互いに顔が良く見えないせいか、気安く話すことが出来た。

 しばらくすると、雨がやんだ。
そして、日が差し明るくなった。
 その時、武家の男は由紀の顔を見て驚いた顔に。

「貴女は…。もしかして、由紀殿では?」

 彼の顔をはっきりと確認した由紀だったが、

「はい、そうですが… 貴方は?」
 
 記憶を掘り起こそうとすると、男の方から名乗った。

「この間見合いをした与兵衛です」

 しかし、由紀は記憶が定かではなかった。

「あぁ…。あの時の…」

 すると、与兵衛は少し残念そうな顔をした。

「…やっぱり存在感薄いですね」

「あ、いえ…。そんなことは…」

 互いに気まずくなりもじもじしていたが、与兵衛が切り出した。

「…お宅まで、お送りしましょう」

「はい…」

 由紀は彼に送ってもらいながら彼といろいろ話した。





「…今日は、ありがとうございました」

 家に着くと、由紀は礼儀正しく彼に礼を述べた。

「由紀殿、またお会い出来たら良いですね…。あっ。無理ですね、お仕事が…」

 そういう彼に、由紀は言った。

「いえ、文であれば、問題は…」

 すると、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「…送っても、よろしいですか?」

「はい。 楽しみにしております」

 二人はそこで別れた。


 与兵衛からの文は定期的に来た。
文だけでなく、時には和歌や俳句も同封されていた。
 そのたび、由紀は与兵衛に返事を書き、彼からの文を待った。


 二人の馴初めに早苗はうっとりと聞き入っていた。

「良いなぁ。俺、あいつとそんなドキドキするような事したことなかったからな…」

 由紀はこそっと呟いた。

「…やっぱり、そのまま言うと変だわ」

「なにが?」

 由紀は慌ててはぐらかした。

「なんでもない」

 たまにおかしな親友が気掛かりだたが、早苗の興味はその後の話しだった。

「で、いつ結婚決めたんだ?」
 
「文のやり取りして、たまにお会いしたりして、二年くらいたった時にね…」




 由紀は久しぶりの宿下がり、与兵衛と待ち合わせて出かけた。
近くの神社に詣り、食事を共にした後、家まで送ってもらった。
 しかし、彼は途中突然歩みを止めた。

「与兵衛さま?」

 由紀が彼の名を呼ぶと、彼は振り向き、彼女の手を取った。

「…由紀殿。お勤めが有るのは十分承知しています」

「はい…」

 何をこの男は言うのだろと、由紀は身構えた。

「ですが、私は、貴女が好きです」

 突然の告白に、由紀は驚いた。

「えっ…」

「結婚、していただけませんか?」

 告白の直後の求婚。
由紀は二重の驚きで何も言えなくなった。
 すると、与兵衛は勝手に諦めた。

「…やっぱりダメですよね。こんなつまらない男…
お勤めのほうが、やりがいがあっておもしろいですよね…」

 しかし、由紀はそうは思わなかった。
何回も文のやりとりをし、幾度か彼と会ううちに、いつしか彼のことが好きになっていた。

「いいえ! 与兵衛さまは素敵な方です。ですから、一年、いえ、半年。
半年待っていただけませんか? そうしたら…」

 与兵衛は顔を上げて由紀を見つめた。

「…よろしいのですか?」

「…はい。わたくしのような者で、よろしければ」

 与兵衛は笑みを浮かべ、由紀に礼を述べた。

「ありがとうございます。半年だろうと、五年六年だろうと、いくらでも待ちます。貴女が悔いを残さないように…」






「素敵でしょ? …与兵衛さま」

 ノロケではない、真面目な馴初め話。
早苗は由紀が選んだ相手は間違いないと、強く思った。
 そして、会えない寂しさを隠している彼女に優しく言った。

「早く会えるといいな」

「えぇ…。早く会いたい…」


 しんみりとした中、早苗は己の辛さを彼女に打ち明けた。
ついつい、弱音を吐いてしまった。

「…俺、一体なんなんだろうな」

「…辛い?」

「…俺の姿が、男だっていうのはわかってる」

 早苗は、恨めしげに己の男の手を眺めた。

「でもあいつ、女の姿だった時も、なにも言ってくれなかった」

「…『なにも』って?」

 由紀は早苗の苦悩を見た。
大人しく、彼女の言葉を待った。

「なんで、俺に結婚申し込んだのか。理由だ」

「…本当?」

 早苗は大きく溜息をついた。

「…あいつ、女好きだろ? モテるだろ?」

「…そうかもね」
 
 否定は出来なかった。
しても、無駄だった。ずっとそばに居る早苗が一番知っている事実。
 
「…俺なんか、太刀打ちできない女は山と居る。いつか絶対にあいつの前に現れる」

 項垂れる彼女に由紀は優しく声を掛けた。

「そんなこと…。助さんは、早苗を選んだのよ」

「…俺を?」

「そう。だから、無駄な事は考えないの!」

 由紀は早苗に喝を入れ、ピシっとしたいつもの『格之進』に戻すと宿へと戻った。



 

 夕方、早苗は路銀の勘定をしていた。
そこへ、助三郎が。

「格さん!」

 やけに浮かれた調子の彼に、早苗は勘定の手を休めず、聞いた。

「…どうした?」

 すると、彼は彼女を誘った。

「ご隠居に少しの時間暇を頂いた。飲みに行こう!」

 しかし、彼女はその誘いを断った。

「俺はもう暇を使った。だからダメだ」

 そんな事で怯む助三郎ではなかった。
算盤を早苗から取り上げ、彼女を引っ張った。

「そんなのいいから。行こう!」





 二人は手頃な店を探して歩いていた。
しかし、早苗は黙って抜け出してきたことが少し不安だった。

「大丈夫なのか? 俺も出てって…」

「お銀に留守は頼んだ。お前の事は、ご隠居には内緒だ」

 楽しそうな彼と早苗は対照的だった。

「後で叱られるの嫌だな…」

「大丈夫だろ? 格さんあんまり怒られないし」

 その通り、怒られるのは助三郎ばかり。
作品名:雪割草 作家名:喜世