雪割草
この言葉を聴いた途端、助三郎の顔から笑みが消えた。
「…すまん。お前も大変みたいだな」
少し顔を伏せた彼に、早苗は少し驚いた。
「そんなこともない」
「…何かあったら言えよ。相談乗るから」
真剣な眼差しに、早苗はまたも驚いた。
「さて、早く帰らないとご隠居にばれるぞ!」
小走りに歩き出した彼の背に、早苗はポツリと呟いた。
「ありがとう。…助三郎」
男同士の会話だったが、彼の優しさがはっきりと伝わってきた。
身体に触れられなくても、女として見られていなくても、彼のその優しさに接することが出来た早苗は幸せな気分に包まれていた。
宿に戻り、早苗は一人でボーっとしていた。
男二人は風呂。
帰ってくるまで留守番だった。
そんな彼女のところにお銀がやって来た。
「格さん、ちょっといい?」
「…なんだ?」
「お風呂の時間ずらすから、こっそり女三人で入らない? 毎晩一人で遅くて寂しいでしょ?」
早苗はありがたくその言葉を受け取った。
その晩遅く、早苗は久しぶりに女同士で楽しくお風呂に入っていた。
「助さんとの逢引きどうだった?」
「いいわね、二人でお出かけできて」
女二人に突っつかれ、その日の『逢引き』の首尾を聞かれた。
しかし、何も無かったので正直に答えた。
「男同士だもん。お酒飲んだだけ」
つまらなそうに女二人は言った。
「相変わらずお酒が好きね、二人とも」
「お酒しかすること無いの?」
早苗は何も反撃しなかった。
ただ彼の傍に居られる。それ以上の高望みをするのは、贅沢だと己の心に言い聞かせていた。
「…あ、そう言えば、明日あの助けてあげた女の子が来るって」
思い出した彼女は、二人に告げた。
「あの、助けた子? なにしに?」
「お礼を言いに来るんだって」
由紀はニヤッとしながら聞いた。
「そう言って、助さんか格さん目当てじゃないの?」
「…あの子、助三郎さまのこと?」
由紀は『格之進』をからかったつもりだった。
しかし、彼女は別のことで気をもみ始めた。
「ちょっと、そういうつもりじゃ…」
お銀は彼女を安心させるためか、過激なことを言った。
「助さんが浮気なんかしたら、引っ叩いて投げ飛ばしてやりなさい。いいわね?」
しかし、早苗は拒否した。
「そんなことできません」
お銀は怯まなかった。
「出来るはずよ。格さんで吹っ飛ばせばいいのよ」
「でも…」
「由紀さんも覚えておきなさい。ちょっとやりすぎなくらいやらないと、男はダメなの」
美しいが怖い先輩の忠告に、早苗と由紀はそれ以上逆らえなかった。
「はい…」