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雪割草

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「でもな、中にも絶対いっぱいいるし…… 俺一人じゃ……」

「じゃあ、どうする?」

 二人でああでもないこうでもないと話しているところへ弥七が現れた。

「……助さん、格さん。 話し合いはまとまりましたかい?」

「あ、弥七! 御隠居と千代さんどうして捕まった!?」

 彼は二人の護衛につけたはず。
一流の忍がなぜ失敗したのか、二人は不思議だった。

「すまねぇ。ちょいと眼を放した隙に……」

 彼も人間だった。
二人は彼を攻めはしなかった。

「御隠居は無事か?」

「へぇ。何ともありません。ただ、千代さんのほうが危ないんで」

 早苗ははっとした。
主の無事に安堵したが、千代はまだ。
 助三郎は言った。

「すぐに助けに行こう」



 二人は弥七の手助けで屋敷に潜り込んだ。
様子を窺っているところへ、顔を隠した侍が部下を連れてやってきた。

「……捕まえたか?」

 侍は屋敷にいた男に聞いた。
 
「はい、変な爺と一緒にいた所を」

 侍は彼に命じた。
 
「早く始めるのだ。そして、結果はすぐに報告しろ。御家老が御待ちだ」

「はい。早く始めろ!」

 男たちは、千代を拷問する準備を始めた。
 

 助三郎は早苗に手短に支持を出した。

「格さんは千代さん助けろ。俺は御隠居だ」

 早苗は驚いた。
 
「……え?」

 助三郎は真面目な顔で言った。
 
「……好きな人を助けたい気持ち、助けてもらいたい気持ち解らないか?」

 彼女は少し考えた。
そして、少し前目の前の彼に助けてもらったときを思い出した。

「……わかる」

 彼に助けてもらったとき、彼女は心のそこからうれしさを感じた。
そして、安心できた。
 
「よし、だったらこんなのさっさと片付けるぞ」

「あぁ」





 千代は手と足を縛られ、身動きが取れないようにされていた。
男は、彼女を脅迫し始めた。

「早く言え。この国はどうなっておる?」

 千代はキッとその男をにらむと、まったく関係ないことを話し始めた。
 
「……鉄の道が通ってる。その上を鉄で出来た籠が沢山の人をのせて走る。江戸から京までその日のうちに行けるようになる」

 意味不明なことを口にする彼女に苛立ち、男は罵声を浴びせた。
 
「何を言っておる! この国の藩主のことだ!」

 千代は怯まず言った。
 
「入れ札で決める。何年かに一度皆で選ぶ」

 欲しい答えを言わない千代に、男はどすを利かせて脅した。

「このアマ。狂ったか? それとも言わないつもりか?」

 千代は彼を見下げた表情で、大きな声で言った。
 
「これだけは言える! 助けが来る! 悪い奴らを懲らしめてくれる!」

 男の堪忍袋の緒が切れた。

「こいつ! 本当のことをなぜ言わん! 痛い目を見ないとダメなようだな!」

 拷問道具を振り被り、千代を痛めつけようとした。
千代はぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばった。
 しかし、男が振り上げた棒切れは彼女には当たらなかった。

「女の子に何をするんだ? おっさん」

 早苗が男の手をつかみ、止めていた。
 
「何者だ! 離せ!」

 男は早苗の手を振りほどこうとしたが、無理だった。
 
「イヤだ。お前はここでおとなしく寝てろ」

 そういうと、彼女は鳩尾に一発撃ち込んで男を気絶させた。
男一人を伸してしまった彼女は少し驚いた。

「案外弱かったな……」

 そんな彼女に、千代の声が聞こえた。
 
「格さん!」

 早苗はすぐさま彼女を助けに向かった。

「千代ちゃん! 大丈夫? ケガは?」

「大丈夫です。何ともありません」

 彼女の手足を縛っていた荒縄を解いた途端、彼女は倒れるように早苗に抱きついた。

「大丈夫?」

「はい。格さん、わたし、言わなかった……」

 やりきった、安堵した表情の千代を早苗は褒めた。
 
「よく耐えたな…… すごいな、千代ちゃん」

 そう慰め、彼女の肩をそっと抱いた。

 そこへ、光圀を助けた助三郎が弥七とともにやってきた。

「お、助けたな? 行くぞ」

「あぁ。千代ちゃん、弥七さんについていって。いいね?」

「はい」

 千代は三人を見送ると、弥七に従い、安全なところへと逃げた。
彼女にはすぐそこに来ている未来がはっきりとわかっていた。

「……助けが来る。悪い奴らを懲らしめてくれる。予言が、本当になる」





 その頃、城では藩主が見舞に来た息子二人と会っていた。
彼は布団から身を起こし、話をしていた。

「今日、水戸の光圀様がいらっしゃるかもしれない。もし見えたら、粗相の無いように……」

「はい」

 藩主は、二人に不安げな言葉を漏らした。
 
「……なにかこの藩に、良くない事でもあるのだろうか?」

 弟は笑みを浮かべ、父を安堵させるように言った。
 
「父上は何も心配なさらず、お休みください」

 そこに、家老がやってきた。
 
「おぉ、これは殿、御機嫌麗しゅう…… 今日はお加減がよろしいようで何よりでございます」

 彼が悪事を企んでいるなどとは夢にも思わない藩主は、彼の労をねぎらった。
 
「そなたも見舞いに来てくれたのか? 面倒かけたな」

 家老は偽りの笑みを浮かべ口から出まかせ。

「いえ。家臣たるもの当然のことでございます」

 満足げに見舞客の顔を眺めた藩主は苦しげに横になった。

「さ、皆もう下がってよいぞ。二人とも、また顔を見せてくれ」

 兄弟は仲良く声をそろえた。

「はい」




 御前から下がると、家老は屋敷からやってきた部下から報告を聞いた。

「……どうだった?」

「吐きませんでした。それと千代に逃げられました。妙な町人に押し込まれ……」

 家老はその部下を怒鳴りつけた。
 
「なにをやっておる! 役立たず!」

「申し訳ございません!」

 しかし、怒ってもわめいても仕方がない。
彼は最終手段を取ることにした。

「しかたない。やはり今日中に弟君を消そう」





 早速家老は、別室に下がっていた孫に声をかけた。
そこにはこれから彼が手に掛けようとする弟もいた。
 これは好機と、家老は作戦を開始した。
 
「若様、茶会を催そうかと思うのですが、如何ですかな?」

「なぜだ?」

 普段から祖父を避けている彼は、このときも訝しげに祖父を見た。

「せっかく皆さまお集まり、それに久しぶりに若様のお手前を見とうござます」

 すると、手に掛ける目標である弟が上手くこの話に乗ってきた。

「兄上。お願いします。私も久しぶりに兄上の茶を飲みたいと思います」

「わかった」

 弟の言葉を受け、笑顔を見たせいで兄は家老の罠にかかった。




 茶室で兄が亭主となり、茶を点てた。
彼の使う茶は、勿論家老が持ってきた毒入りの茶。
 しかし、そんなことなどつゆとも知らぬ彼は、いつも通りに茶を点てる。
そんな彼を弟は見習おうと熱心に見ている。
 その彼の最後を見届けようとしている家老。
 
 茶室には彼ら三人しか居なかった。

「頂戴します」

 ついに、弟が茶碗を手にした。
 不気味な表情で家老はそれを見つめていた。



作品名:雪割草 作家名:喜世