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雪割草

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「よし、俺からも推薦しよう! でも、もう御隠居のお気に入りだから大丈夫かもな」

 早苗はただ笑って答えた。
何も言えなかった。


「俺の仕事の話はこれくらいかな。そう言えば、由紀さんの…… 与作だっけ? 何してるんだ?」

 言ったとたん、由紀が怒った。

「『与兵衛』さまです! なによ与作って!?」

 早苗も笑ったが、由紀に睨まれたので必死にこらえた。

「助さん、からかうな…… 由紀さん、怒ると怖いぞ」

「そうよ! 謝りなさい!」

 しかし助三郎に反省の色は無い。

「ハハハ。ごめん。ごめん。で、その『与兵衛さま』は何やってるんだ?」

 膨れたままの由紀だったが、許嫁の話を始めた。

「詳しいことはわからないけど、偵察したり、情報収集する仕事らしいわ」

 助三郎は笑うのをピタリと止めた。

「……それって。隠密じゃないのか? な?」

 同意を求める彼に、早苗は思うところを述べた。

「いや、忍びじゃないか? 紀州藩なら、伊賀者かも……」

「そういえば、橋野様も忍びの血縁らしいが、そっちの系統なのか?」

「……どうだろうな。だいぶ薄くなってるらしいから」

「お銀と弥七は?」

「聞いたら教えてくれるかな?」

 二人で忍びの話で盛り上がり始めた。
しかし、由紀は違った。

「ちょっと、なに勝手に憶測で話をしてるの!? 忍びじゃないわよ!」

 大事な許嫁を擁護する由紀に、助三郎は容赦無く言い放った。

「なんで? 忍びじゃないって言い切れるのか?」

「だって、そんなのだったらわたしに仕事の話なんかしないでしょ? 第一、他藩のわたしとなんか結婚しないし……」

「あぁ、そうか。言われてみれば」

 早苗は合点がいった。
忍びのお銀も弥七も未婚と言うことを思い出していた。
 
「でもさぁ、できるのか? 普通の人にそんな仕事?」

 助三郎はまだ信じていない様子だった。

「でも助さん、俺らだってそれっぽいこと今やってるんじゃないのか?」

「偵察、情報収集…… あ、そうか。そんな感じか」

 やっと納得した様子に、由紀は満足したのか、何処か遠くを見る目つきで許嫁の話を始めた。

「与兵衛さまはすごいの。誰にも気づかれないように、潜入できるそうよ。顔を人になかなか覚えてもらえないからできるんですって」

 助三郎はニヤッとしてとんでもないことを口にした。

「…それって。ぶ男だからか?」

 由紀の表情がさっと変わったことに気付いた早苗はすぐさま許嫁に注意した。

「おい! そういうこと言うな!」

 しかし、時すでに遅し。
由紀は立ちあがって、彼に暴言を浴びせた。

「何よ! 自分がカッコ良くて女の子にモテるからって鼻にかけて!」

「なにもそんなに怒らなくても……」

「いいわ! 紀州に行ったら会わせてあげます! 覚えてらっしゃい!」

 由紀はそっぽを向くと音を立てて襖をあけたかと思うと、同じように音を立てて閉めて、部屋から立ち去った。
 あまりの怒りように、早苗も驚いた。
しかし、怒らせた本人は知らぬ顔で大あくび。

「あんなに怒らせて、どうする気だ?」

「いいだろ。すぐ機嫌直るって。はぁ、またつまらなくなったな……」

 そう言うと彼はその場でごろっと横になった。
そしてあっという間に鼾が聞こえはじめた。

「昼寝しかないのか……」

 本当にすることがなくて詰まらない早苗は溜息をついた。


 そこに、宿の男がやってきた。

「雨で大変ですね。出立できませんでしょう?」

「はい。いつになったら止むんでしょうね……」

 何気ない天気の話だったが、いつしか二人は話し込んでいた。
 
「お客さんたちは、どちらから?」

「江戸から来ました」

「へぇ、江戸から。で、お伊勢参りにでも?」

「途中に寄るかもしれませんが、紀州まで行きます」

「それは大変ですね。おいら江戸の出なんですけどね。三河と江戸の間しか行き来したことないんですよ。それでも結構大変で」

「へぇ、江戸の御出身なんですか。ここにはどれくらいいらっしゃるんですか?」

「もう二年くらいですかね? 女将が伯母にあたるんで、手伝ってるんですよ」

「そうなんですか。……あの、そういえば、お名前は? 聞くの忘れてました」

 互いに名乗るのを忘れていたことに気付き、自己紹介と言うことになった。

「新助です」

「新助さん。私は格と申します」

「格さん」

 早苗はついでに許嫁も紹介した。
気持ちよさそうに寝ていたが。

「で、この寝てるのは助です」

「助さんと格さん。お二人とも格好良くてうらやましい……」

 男にカッコイイと言われ、早苗は何とも微妙な気持ちになった。

「そうでもないですよ……」


 早苗はいろいろ新助と話すうちに、昨日主と話題にしていたことを思い出した。
どうして、料理がうまいこの宿に客が全くいないのか。

「新助さん、何でこの宿はガラガラなんです?」

「事情があるんですよ……」

 そこに光圀がやって来た。

「新助さん、よろしかったら聞かせてくれませんかな?」

 新助は部屋の外を見渡すと声を小さくして言った。

「女将には言わないでくださいね。怒ると怖いんで……」

「はいはい。言いません」

 新助は声を低くして話し始めた。

「結構深刻な問題なんです。お客が来ない宿なんて宿じゃないでしょう?」

「そうですね」

「前はいっぱい来てくれたんですよ。でも最近、幽霊が出るとか、食中毒が出たとかあることないこと近所の人や、旅の人に吹き込まれたせいか、こういう有様で……」

 光圀一行以外客は居ない。
普通ではない。

「その理由は?」

「……うちの料理人の茂吉なんですよ」

 光圀はその話にピンと来た。

「もしかして、料理が上手いからですかな?」

「はい、今まではそれ目当てで来てくださるお客さんがいっぱいいたんです。で、その評判を聞いた旅籠の者が茂吉を引き抜きに来たんですよ」

「もちろん、断ったんですよね?」

「はい、そしたら嫌がらせが始まりました。ここがつぶれたら、茂吉も首を縦に振るだろうって魂胆みたいです」

 理不尽な事。
早苗は憤りを感じた。

「ところで、その旅籠はどこかな?」

「街道沿いに、一番大きな旅籠ありましたよね?」

 早苗はすぐに思い出した。

「満室って断られましたが、あそこですか?」

「はい。岩田屋っていうんです。きれいで評判なんですが、飯が全然ダメで。だからどうしても良い料理人が欲しいみたいです」

「……召し上がったことは?」

「一回行ったんです偵察がてら。おいら、食べるの好きで、一応舌には自信があるんですよ」

 胸を張る新助をみて、早苗は笑った。

「へぇ。で、不味かったんだ」

「はい。不味くて不味くて! 口に合わないのなんの!」
 
 本当に不味そうな顔をしてそう言った彼を早苗はまた笑った。

「ほんとに不味そうだな。ははは」

 皆も笑った後、新助は暗い顔になった。

「あんな旅籠に負けたくないんで、がんばってるんですけどね…… どうなる事やら……」
作品名:雪割草 作家名:喜世