雪割草
不安げな彼をどう慰めようか、助けられる手立てはあるのか、早苗と光圀は考え始めた。
結論が出る前に、声が掛かった。
女将だった。
「こら新助! お客様に迷惑です! こっちに下がってなさい!」
怒られた新助は逃げるように、一行の前から下がった。
再び静かになった部屋で、光圀は早苗が淹れた茶を啜っていた。
何か考えている様子の主に、早苗はそっと聞いた。
「……ご隠居。どうされますか? 何か良い方法有りますか?」
「あるぞ。ということで早速、岩田屋に泊まりに行ってくれんか? 助さん」
光圀は部下に命じた。
しかし、帰って来たのは返事ではなく、鼾だった。
まだ助三郎は昼寝をしていた。
「寝ています。どうします?」
光圀は茶を啜りながら平然と言った。
「すぐに叩き起すのじゃ」
その言葉に早苗は驚いた。
「叩き起すのですか?」
「ほれ、早くしなさい」
許婚を叩き起すという過激な事など考えたことのな勝った彼女は躊躇した。
そして、そっと揺すった。
「助さん。起きろ、助さん」
しかし、助三郎の眠りは深かった。
うるさそうに寝がえりを打ったかと思うと、また鼾をかき始めた。
光圀は湯呑を置いた。
「……早苗、甘やかしはいかん。嫁に行ってそのような事をやっておったら、これは毎朝遅刻だ」
助三郎を睨みつけ、うんざりした様子で言った。
「……遅刻、ですか?」
「常習犯じゃ。困ったものだ」
驚いた早苗はこれも花嫁修業と、許婚を起そうとした。
「助さん! 起きろ! 御隠居が呼んでる!」
さっきより声を大きくして、力を入れて揺すった。
しかし、ダメだった。
「うるさい……」
助三郎はそう夢うつつに言っただけ。
どうしようかと考える早苗を見た光圀は具体的な指示を出した。
「叩けぬのなら、頭の下の座布団を思いっきり引き抜くのじゃ。それくらい手荒くしんと起きん!」
早苗は心の中で助三郎に謝り、力任せで座布団を引っ張った。
「起きろ!助さん!」
すぐにゴツっと鈍い音が響いた。
さすがの助三郎もこれには負け、身を起した。
「痛い! なんだよ!」
許婚に睨まれた早苗は少し悲しくなったが、ぐっとこらえた。
「御隠居がお呼びだ」
助三郎はおおあくびしながら、生返事。
「あ、はいはい……」
それを光圀は窘めた。
「はいは一回でよい!」
「はい!」
その後すぐ、助三郎は光圀の命令に従うこととなった。