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雪割草

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〈23〉新たな仲間



 助三郎は文句タラタラで歩いていた。

「なんで俺とお前で泊まりに行かないといかん?」

 彼の視線の先にはお銀が居た。

「弥七さんは暇じゃないの」

「弥七とは別に良い……」

 まだ不満げな彼をお銀は面白がってからかった。

「あ、由紀さんが良かった? でもダメよ。あの子は相手がいるから」

「……由紀さんもいい。……俺だって相手居るし」

 お銀は助三郎の前に回り込み、彼を見上げた。

「あ、早苗さんと泊まりたかったのね?」

 すると、助三郎はどこか遠い眼をした。

「早苗……」

 今回、格之進の姿の早苗とともに彼を宿へ向かわせることもできた。
しかし、光圀を守る仕事があるということと、二人っきりにしては万が一の場合危ないという事でお流れになった。
 早苗の為に、助三郎の心が知りたいお銀は誘導尋問を始めた。

「やっぱり、早苗さんに会えないと寂しいわよね?」

 しかし、彼から良い答えは出て来なかった。

「寂しくなんかない。会えなくたって平気だ」

 そうぶっきらぼうに言っただけ。
ただ、お銀は彼の眼が寂しげなのを見抜いていた。

「ふぅん。本当かしらね?」

「本当だ!」


 例の宿に着くと、その日は運良く空きがあった。
早速宿泊手続きを済ませ、部屋に案内された。
 先導した仲居は、ニコニコして二人にこう言った。

「ご夫婦で旅なんて良いですね。羨ましいです」

 彼女が去った後、二人は部屋でのんびりしていた。
さっきの仲居の言葉を思い出したお銀は笑いながら言った。

「わたしたち夫婦に見えるのねぇ。あなた」

 助三郎は窓の傍に寄り、外を眺めながら言った。

「明らかにお銀の方が年上だ。姉さん女房は趣味じゃない」

 途端にお銀の顔色が変わった。

「何か言った?」

「なんにも!」

 そこへ先程の仲居がやって来た。
そして『夫婦』の二人をほほえましく眺めた。

「料理お持ちしますので、少々お待ち下さい」

 助三郎はとっさに追加注文。

「あ、酒もお願いします!」

 しかし、すぐさまお銀に却下された。

「すみません、今の注文無しです。ごめんなさい」

「え! なんだよそれ」

「いいの! さ、お料理お願いしますね」

「ちょっと、酒……」

「いいの!」

 二人のすったもんだを笑って見ていた。

「では、お酒は無しで。畏まりました」

 注文を受けた仲居が去ると、助三郎はお銀に文句タラタラ。

「なんでだよ…… せっかく飲めるいい機会なのに……」

「格さんと約束したの」

「は? なにを?」

「酒は飲ませない。芸者も呼ばせないって」

 助三郎はその禁止事項にうんざりした。

「ちぇっ。ちょっとくらい良いじゃないか。酒……」

 お銀は妥協しなかった。

「ダメよ。貴方の身体を気づかってお酒は飲むなって格さんは言ってるの。わからないの?」

 しかし、助三郎はまだ不満顔。

「あいつ心配しすぎなんだよ。俺なんかより、他の事に神経使えばいのに……」

 そう文句を言いながらふら、彼はふらっと部屋を出て行った。
そんな彼の背を見てお銀は言った。

「……いい奥様になるわね。早苗さん」




 その頃、早苗は由紀に頼まれ悩んでいた。

「一晩くらい良いでしょ? 助さんいないんだから、一緒にお風呂入って一緒に寝ましょ。ね?」

 早苗もできるならばそうしたかった。
しかし、彼女には仕事がある。

「だが…… 何かあったら、どうするんだ?」

「何かって?」

「その…… 物取りとか、押し込みとか……」

 今主を守るのは早苗だけ。
何かあっては大変と、少し緊張していた。
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、由紀はその心配症を笑った。

「なにそんなに心配してるの? ここってそんなに治安が悪いところじゃないでしょ?」

「だが……」

 まだ渋る早苗を見かね、とうとう光圀が口を挟んだ。

「早苗、帰ってくるまでは早苗で過ごしなさい。疲れるじゃろ?」

「しかし……」

 『しかし』の繰り返しばかりしている彼女に、光圀は溜息をついた。
そして、ある作戦に出た。

「……では格さん、今晩はワシと一緒に男のまま風呂に入ってもらおうかの。助さんの代わりにな」

 早苗はその言葉に凍りついた。
一人で男のまま入るのでさえ、彼女には辛い。他の男と、ましてや主と一緒になど、畏れ多い。
 無理に決まっていた。
 しかし、『無理です』などと言えない彼女は返答に困った。

「それは、その……」

 光圀もそれが酷な命令だと分かっていた。
答えあぐねる彼女の様子を笑った後、彼女を無理やり由紀と一緒に風呂場へと向かわせた。





 一方、話に聞いてた通りの不味い料理を食べ終えた助三郎とお銀は、一休みしていた。

「……本当に新助さんが言ってた通り、不味かったわね」

 お銀がそう言って助三郎を見やると、彼も項垂れていた。

「酒頼まなくて正解だった……」




 腹がこなれてきた頃、お銀は立ち上がった。
手には手拭いと着替えが。

「じゃあ、お風呂入って来るわ。お先に」

 部屋から出ようとした途端、彼女は助三郎に声を掛けられた。

「お銀、一緒に入ろう!」

 それは冗談。お銀も何となく分かっていた。
しかし、きっちりと拒絶した。
 早苗の為にも。

「イヤです! スケベね!」

 するとすぐに反撃が。

「まぁ、お前の裸見ても面白くないよな」

 お銀はその言葉に我慢ならず、口ではなく実力行使で彼に仕置きをした。
助三郎が座っている場所ギリギリのところに、手裏剣が音を立て、いくつか突き刺さった。
 ギョッとした彼は、すぐに平身低頭で謝り倒した。

「すまん! 悪かった! 謝るから……」

 ちらっと顔をあげて眼に入ったのは、手に手裏剣を持ってこっちを睨む怖いお銀だった。

「本当かしら?今度やったら身体に刺さるわよ。」

「絶対に言わない! 約束します」

「ならいいわ」
 
 飛び道具をしまったことを確かめ、助三郎はホッと一息ついた。

「……ゆ、ゆっくり入ってこい。俺は聞き込みしてくるから」

「変な目立つことはダメですからね!」

 お銀は風呂へと消えた。

「危ない危ない……」

 助三郎はそう言いながら既に仕事の顔をしていた。
ただ不味い飯を食べ、風呂に入り寝るのが目的ではない。

 部屋から出て歩いていると、仲居さんを見つけ捕まえた。

「お姉さん。ちょっと良いかな?」

「はい? 何でしょう?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、良いかな?」

 助三郎はとっておきの笑顔で、彼女から聞きたい事を聞き出した。





「ご隠居さま、ありがとうございました。久しぶりに早くお風呂に入れました」

 風呂上がりの浴衣姿の早苗が光圀に礼を言うと、光圀は満面の笑みを浮かべた。

「それは良かったの。ゆっくり入れたかな?」

「はい」

 その時、台所のほうで話し声が聞こえた。

「……茂吉さん。早くうちに来て下さいな。給金は弾みますよ?」

「……行かねえ。帰って下さい。何回来ても無駄だ」

 光圀は腰を上げた。
どうやら話している内容が気になったらしい。
作品名:雪割草 作家名:喜世