二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

雪割草

INDEX|64ページ/206ページ|

次のページ前のページ
 

「普通じゃつまらないから」

「つまるもつまらんもないだろう。遊びと仕事は違うだろ?」

 ああだこうだと言い合いしていたが、お銀が止めに入った。

「お二人さん、痴話喧嘩は後にしてくれる? 敵がきちゃったの」

 急いで窓の外をのぞくと、その言葉の通り大勢の人間が宿を囲んでいた。

「来たな。ご隠居この場で決着をつけますか?」

 いきなり真面目な仕事の顔になった助三郎。

「そうしよう。長引かせても面倒じゃ」

 そう言って立ち上がった光圀の横で、早苗はあろうことか真面目になった助三郎に見惚れていた。

「おい、格さん。ボーっとしてないで、行くぞ」

「あ、あぁ……」

 はっと我に返り二人の後に続いた。
そして、単純な自分を責めた。

 


 玄関で支度をしていると、女将と新助が不安げに奥から出てきた。

「お客さん。いったい何を連れてきたんです? 岩田屋の人が外でうるさいんですが……」

 早苗は一先ず二人に謝った。

「申し訳ございません。こいつのせいです。おい、謝れ」

 隣の助三郎を小突いた。

「痛いな。ごめんなさい。すぐ始末するので、ちょっと待っててくださいね。ね? ご隠居」

 光圀も、二人を安心させるべく笑顔で言った。

「この宿に対する嫌がらせも、今日限りなくしてあげましょう。これでお客さんは戻ってきますよ」

 不思議な事を言う客人に、女将はポツリと呟いた。

「……貴方はいったいどういうお方です?」

 光圀はうっかり漏らしてしまった。

「ワシは、水…」

 しかし、すべて言いきる前に、お供二人が大声を上げて阻止した。

「あー! ご隠居、もう行かないと! 格さん、外にいっぱい人が来てるぞ」

「ほんとだな助さん。いっぱいいる。ご隠居、早く行きましょう!」

 二人が光圀を引っ張り出すと、彼は不機嫌そうに言った。

「なんじゃ、人が話しているのに」

 助三郎は主を窘めた。

「ですから、ご隠居。御身分を明かしてはいけません。おそらく信じてもらえませんでしょが。……格さん、印籠あるか?」

 早苗は懐に入っている印籠を確かめた。
それはずしりと重く、その価値と重要さを主張していた。

「ある。ご隠居、これを見せねば、ご隠居が御老公であるとは信じてもらえません」

 そう説明すると、光圀の機嫌が直った。

「そうじゃった。そうじゃった。あの豹変ぶりが面白いんじゃ」

「といいますと?」

「格さんの手元を見たとたん、顔が蒼くなる。台詞を聞いたとたんに、顔が蒼白になる。あの様じゃ」

「ごもっとも。皆がご隠居の前に平伏す様は壮観ですね」

 男二人のその話を呆れて聞いていたが、早苗もまんざらではなかった。
二人と同じように、快感を味わっていることに気付いていた。

「早く決着をつけようかの。弥七。居るか?」

 光圀は弥七を呼び寄せ、彼にお供二人とは違う仕事を与えた。

「役人に岩田屋のことを伝えてきてくれんか?」

「へい」

 弥七が姿を消すと、外から声が掛かった。

「早く出てきなさい! そこに入ったのはわかってますよ!」

「出てこい!」


 光圀は二人を引き連れ、宿の外に出た。

「はいはい、何でしょうか?」
 
 圧し掛けてきた集団の先頭に居たのは、岩田屋の女将。
彼女は光圀の横の助三郎に気付くと、指を指して捲し立てた。

「その男を渡しなさい! お役人に突きだすんですから!」

「この者を罰する前に、女将さん、貴女を罰するのが筋と言うのではないかな?」

 途端に、女将の顔色は悪くなった。

「わたしに何か咎でもあると?」
 
 焦り気味の女将とは対照的に、光圀はにこやかに返した。

「はい。貴女は、この宿に嫌がらせをしている」

「なにを根拠に……」

 悪びれない女将に、助三郎は苛立った。
すべて自分の眼で見て、耳で聞いて聞き、肌で感じた。
 間違ったことがまかり通るのが、許せなかった。

「全部見させてもらいました。誤魔化しても無駄ですよ、女将さん!」

 そう怒鳴り付けた。
しかし、女将は一歩も引かないばかりか、更に喚き始めた。

「やっぱり、その得体のしれない爺さんに雇われてたのね!? 仲間なんだね!? いいわ、皆捕まえてもらいますからね」 

 助三郎は呆れかえり、溜息をついた。

「格さん、何言っても無駄だ、あのおばさん」

「そうみたいだな。どうします? ご隠居」

「印籠を出しなさい。すぐに黙るじゃろう」

 主の許可が下りた。
早苗は懐から印籠を出した。

「一同、こちらにおわすは、水戸光圀公にあらせられるぞ!」

 効果はてき面。
その印籠の家紋を見た者は畏れ慄き、混乱し始めた。

「ん? あ、あの三つ葉葵は……」

「なんですって? あっ……」

 押し寄せてきた岩田屋の者たちは、しばらくすると皆おとなしくなった。
光圀は一歩前に出て、彼らに裁きを下した。
 
「岩田屋、主人の留守をいいことに悪いことを重ねておったな?」

 低く重々しくそう確認すると、岩田屋の女将は罪を認めず、またしても反論した。

「いえ、そのようなことは……」

 とうとう光圀は彼女を怒鳴りつけた。

「認めんか! この宿に嫌がらせをして、私腹を肥やす事ばかり考えおって! 恥を知れ!」

 天下の光圀公に怒鳴られたせいか、女将は縮みあがり、口を閉じた。
光圀は彼女を再び睨みつけ、最後にこう言った。

「その方らの処分は役人に伝えておいた。心して受けるがよい。よいな?」





 すべてが終わった頃、宿は以前のように静かになった。
光圀一行は、すべて成すべきことは終わったと、宿を発つことにした。
 そして今、宿の女将から礼の言葉を貰っていた。

「本当に、ありがとうございました。御老公様とは存じ上げず、ご無礼の数々、お許しください」

 女将は何度も何度も礼を言って、なかなか頭を上げなかった。
しかし、早く発たねば日が暮れてしまう。
 
「いえいえ、綺麗な宿と、美味しい料理のお礼です。では、そろそろ行きますのでな……」

「これはお引き留めしてしまい、申し訳ございません」

 一行が玄関を出ようとした矢先、宿の奥から人が走り出てきた。
それは、旅装に身を包んだ新助だった。
 彼は、光圀の前に平伏した。
 
「御老公様!」

「これ! 新助! 何をしているの!?」

 驚いた女将が走りだし、彼のその行為を止めようとしたが、喋り出した彼の口は止まらなかった。

「御老公様! おいらを、おいらを連れて行ってください!」

 女将は新助の口をふさぎ、無理やり彼の頭を床に擦り付けた。

「本当に申し訳ありません! 御無礼極まりない事を、この子は!」

 しかし、新助は諦めていなかった。
女将の手から力づくで抜け出し、再び旅への同行を懇願した。

「お願いいたします! お役に立つよう、なんでもいたします!」

 必死な様子の新助に光圀は興味を抱くと、女将を落ち着かせ、新助本人に彼の意向を窺った。

「新助さん、なぜ、わしらと一緒に行きたいのじゃな?」
作品名:雪割草 作家名:喜世