千日紅
あまりにそのしぐさと口調が可愛いので早苗はまたもドキドキしていた。
「……泥酔女は、嫌いだ」
「じゃあ、もう飲まない。これなら好き?」
「あ、あぁ…」
祝言は早々に切り上げ、皆それぞれ帰宅を始めた。
早苗は一度女に戻り、助三郎と風呂に入り彼に塗りたくられた濃い化粧を落とした。
しかし、風呂で余計酒が回った助三郎は歩けなくなってしまった。
しかたなく早苗が男に変わり、抱っこして行こうかと冗談半分で言うと、酔ってはいたが嫌がられた。
しかたなく、おぶって帰った。
寝室に助三郎をつれこみ、敷いてあった布団に転がした。
「おい、美帆。もう布団だぞ」
「ありがと格さん。ははは。まだ酔ってる」
そういいながらころころ転がり始めた。
酔った挙句に吐いたら困ると思い、帯は緩めに締めてあった。そのせいかちょっとした動きで着物がはだけ始めた。
「こら、はしたないぞ。やめろ」
早苗はそう注意したが、助三郎はやめなかった。
「あ、格さんあたしの裸見たいの?やっぱり男ねぇ。はははは」
尚もころころ転がっていると、早苗は黙ってしまった。
ずっとなにも言わない彼女が助三郎は気に掛った。
「格さん、どうしたの?」
「……美帆。もう転がるのはやめろ」
返事が返ってきたので、助三郎は転がるのをやめ、布団の上に座った。
「わかった。もう寝る」
そう言った途端、助三郎の眼には天井が映っていた。
酔ったせいで、めまいを起こし倒れたのかと思ったが、それは違った。
身体に重みを感じて見ると、早苗が助三郎の両腕を押さえていた。
「ちょっと?」
「綺麗だ……美帆…」
じっと見つめられたが、助三郎は舞い上がることはなかく、代わりに違和感を感じていた。
「なに?」
「……美帆、好きだ」
そう言うと、早苗は押さえていた手を離し、助三郎の上に覆い被さってきた。
さらに、頬をそっと撫でた後、髪にさしてあった簪《かんざし》や櫛《くし》を抜きはじめた。
「……なにする気?」
「今から寝るのに邪魔になるだろ?」
「寝るの?」
「一晩中俺も寝かせない気か?」
ニヤリとした笑顔が怖かった。
今まで見たこともないような眼を早苗はしていた。
「ちょっと、早苗、大丈夫?」
不安に襲われ、とっさに聞いたがその返事はおかしかった。
「どこに姉貴がいる?ここにはお前と俺しかいない…」
そう言うと再び頬を撫でられた。
「……どうしたの?本当に大丈夫?」
「俺はいつもどおりだ。美帆。寝よう…」
寝るの本当の意味がわかった助三郎は動揺し始めた。
さっき床入りは無しと言っていた当の本人が、自分を抱こうとしている。
眼がおかしいのは、男の欲望で頭の中がいっぱいになっているからに違いない。
男でも抑えるのにかなりの努力が要ることがある強い欲望。
それを女が押さえられるはずがない。
この前ヤクザ者に襲われた時と同じ恐怖が再び助三郎を襲った。
見ず知らずの男ではなく、自分の親友が、自分を女として欲望の対象として見ていることに恐怖を感じた。
「イヤ!」
たまらず助三郎は叫んで逃げだした。
早苗の身体の下から這いずり抜けて、部屋から脱出しようと試みた。
しかし、腕をぐっとつかまれ身動きが取れなくなった。
怖くてたまらない助三郎だったが、なぜか振りほどけなかった。
力なく座り込み、観念した。
「俺が嫌いか?」
「嫌いじゃない…でも…でも…」
声が恐怖のあまり震えていた。
それに気付いた様子の早苗が助三郎の顔を心配そうにのぞきこんだが、助三郎はその顔を見ることができなかった。
「でも? なんだ?」
「怖いの…」
「怖い?俺が?」
「そう。お願い、元の格さんに戻って……いつもの格さんが好きだから…」
そう言った途端、涙があふれだし、子どものように泣きじゃくりはじめた。
突然の出来事に早苗は驚き、慌てふためいた。
「おい。泣かないでくれ。ごめん……そんなつもりじゃなかったんだ…」
泣きながらも、助三郎は早苗に向ってこう言った。
「ごめんなさい。我慢、できなかったら、相手してあげる。男って我慢しづらいでしょ?」
「へ?」
恥ずかしかったが、助三郎は早苗に言った。
「あたしを、抱きたいんでしょ?そういう目してたでしょ?」
「冗談が行き過ぎた。悪かった。もう戻るから……ごめんなさい。助三郎さま」
早苗は女に戻り、助三郎に謝った。
すると、泣きじゃくっていた助三郎は少し落着きを取り戻した。
「……本当?興奮して、抑えが効かないんじゃないの?」
「ううん。前言ったでしょ? 男の機能無いって。ドキドキはするけど、それ以上は何ともないの」
「……じゃあ、あたしのこと抱きたいんじゃないの?」
「うん。そんなこと思わない。ちょっとふざけただけ。
…それよりも、本当の助三郎さまに抱き締めてもらいたい。声が聞きたいの」
そう寂しげに言う早苗の眼にも涙が浮かんでいた。
助三郎はそれが流れ落ちる前に、早苗を抱き寄せ、ギュッと抱きしめた。
「……ごめんね。早苗」
「……柔らかいね。でも、ごつごつした男らしい助三郎さまの方がやっぱりいい。早く戻って。時間がないの」
驚いた助三郎は身体を離し、早苗の顔を見た。
「どういうこと?」
「あと少しで、江戸に向かうの。それからお伊勢参り」
「仕事?」
「そう。御老公さまからの命令。助三郎さまが出立前に元に戻れたら一緒に行けるけど、そのままじゃ無理。だから会えなくなる……辛い…」
顔を伏せ、泣くのを我慢する早苗を哀れに感じた助三郎は再び彼女を抱きしめた。
「ごめん。本当に、ごめん…」
「謝らないで。わたしが悪いんだから。貴方はなにも悪くない」
しばらく二人で黙って抱き締めあっていたが、助三郎は早苗を元気づけるためにあることを思いたった。
「ねぇ、格さんに変わって」
「なんで?怖いからいやでしょ?」
「もう怖くない。格さんに会いたい」
助三郎が頼むと、早苗は男に変わった。
「……これでいいか?」
「うん。…格之進さま」
そう言うと、助三郎は早苗を押し倒し、上に乗りかかった。
さらに、口付をしていた。
「……平気なのか?俺、今男だぞ?」
早苗は助三郎の大胆な行動に驚いたが、助三郎はいたって普通だった。
「……早苗が好きだから平気。それに早苗、女同士はイヤなんでしょ?
こうすれば平気じゃないの?」
「そいういえば。イヤじゃない」
見た目は男女で普通。
男同士や、女同士で感じる気持ち悪さも全くなかった。
元気が出てきたところで、助三郎は妙な提案を早苗に出した。
「早苗の方からやって」
「なんで?」
「せっかくだから、いつもの逆がいい。おもしろそうでしょ?」
「おもしろいか?」
「あ、自信ないの?格さん口説くの上手いから、そっちも上手だと思ったのに」
「そんなこと言うと、本気でやるぞ!」
「やってみなさいよ。ほら」
言われるまま、早苗は助三郎を抱きよせ唇を重ねた。
これで、早苗の夢は正夢になった。
夫に抱きしめてもらえない代わりに、女になった夫を抱きしめる。