千日紅
《03》 代理の仕事
休みが終わり、助三郎の出仕日がやってきた。
彼は結局元には戻れず、女のままだった。
朝、二人は布団の上で考えに考えた。
無断欠勤は許されない。女は出仕できない。
残された方法はただ一つ。
早苗は布団をたたみ、決意を夫に告げた。
「やっぱり、助三郎さまの代わりにわたしが行く」
「え?」
「御老公さまにお願いしてくる。戻れるまで代理に格之進を使ってくれって」
「でも、そんなの早苗に迷惑が…」
「……心配しないで。御飯にしましょ」
朝餉の後、早苗は自室で格之進に変わった。
格之進は、義母と義妹にはもちろん、下男下女にも受け入れ理解されている。
月に何日か出仕したり、長期の旅の仕事で家を空ける事があるということも把握していた。
しかし、親戚には一切言ってはいない。義母の美佳に止められたからだ。
ものすごく厄介な親戚らしく、助三郎の婚儀に最後まで反対していた。
御老公の認めた結婚ということで今はしぶしぶ従っている。
しかし、いつ、何があるか分からない。
慎重に行動をしなさいと、きつく義母に言われた。
助三郎も義母も、義妹も、皆親戚を毛嫌いしていた。
この日、早苗は初めて自身の秘術の能力が向上していることに気がついた。
今までは、変身すると同時に、女物の着物が男物に勝手に変わったが、形が全く違うものには変わってくれなかった。
しかし、今度は想像したものにしっかり変わり、裃、しかも紋付が現れた。
わざわざ裃を身につける手間が省け、楽チンだった。
玄関で、美佳に見送られた。
いつもは、助三郎を早苗が見送り、彼の大きな手に、大刀を手渡す。
『行ってらっしゃい』と言うと、『行ってくる』と笑顔で出ていく。
二三度、助三郎と一緒に職場へ行った。
今だ、国元での仕事はほとんどしたことがなく旅のお供を結婚後一度しただけ。
今日からどれくらいの期間かはわからないが、夫の代りに毎日出仕。
早苗は少し不安になった。
しかし、やらなければ家の大事、気を引き締めて、玄関に向かった。
美佳に刀を貰い、腰に差した。
「義母上、御老公には、事の仔細を伝えておきます」
「気をつけて」
「はい。行って参ります」
玄関を出ようとした瞬間、急ぎ足で追っかけてくる足音が聞こえた。
「待って!」
「へ?」
走ってきたのは助三郎だった。
慣れない女物の苦しい着物で精いっぱい走ってきた様だった。
体力も男の時より落ちたらしく、息が上がっていた。
「格さん、ごめんね。仕事頑張ってね」
ドキッ。
早苗は生まれて初めて女の子にドキッとした。
申し訳なさそうに自分を見上げる眼の前の女の子に。
初めての感覚で驚いたが、すぐさま頭を切り替えた。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい。御老公さまによろしくね!」
早苗は一人、歩きながらさっきの感覚を思い出していた。
ドキってなんだろう?今まで、どんな女の子にもなったことない。
なんでかな?
…あ、やっぱり、可愛いから?
そうだ、可愛いからだ!
一人でそう決めつけ、それ以上悩むことをやめ、違うことを考え始めた。
…あぁ、いいなぁ。わたしもあんな風になりたい。
可愛くて、体型良くて……
あんな格好のままだったら、助三郎さま、そのうちわたしじゃつまらなくなるかも……
そうなったら、イヤだな……
もうちょっとお化粧でも研究しようかな?
少しでも綺麗になりたい。
そんな事を考えながら職場に向い、早速主の光圀と、早苗の正体を知る唯一の上司、後藤仲左衛門の元へ向かった。
二人は茶を飲みながら談笑をしていた。
明らかに仕事の内容では無い。
まだ、同僚たちが来ていないせいかも知れなかったが、特異な話をしなければいけない。
人が少ない方が好都合。
「……おはようございます」
「おはよう。おや?格之進か?なぜ出仕した?」
「出仕は当分佐々木だけでよかったのだがなぁ…」
のんきな二人の前で、早苗は姿勢を正し事の次第を告げようと試みた。
「実を言いますと、夫は…助三郎は…」
信じてもらえるだろうか、怒られたらどうしようか、家を守れるだろうか。
不安が早苗に取り付き、すぐに声に出せなかった。
「どうした?言ってみなさい」
優しく、後藤が早苗に告げた。
やっと早苗は言葉にすることができた。
「女になってしまいました…」
すぐさま二人から驚きの声が返ってきた。
「なんじゃと!?」
「は!?」
すぐさま早苗は二人に、嘆願をし始めた。
「元の助三郎に戻るまで代わりに私が出仕致します。それ故、どうか、佐々木家を取り潰さぬようお願いいたします!」
自分のせいで、佐々木家がなくなるなど、絶対にあってはならない。
何がなんでも、夫と家を守る。
妻の務めを全うしなければいけない。
必死の嘆願に、主は渋ることなく、すぐに受け入れた。
「わかった。戻るまで、助三郎はワシが遠くに遣いに出したことにしよう。その間、格之進が常勤出仕ということじゃ。よいな?」
「はっ。ありがたき幸せ」
「……お前さんの方が真面目に仕事するから、むしろうれしいがな。ハッハッハッハ」
「はぁ…」
助三郎は、結婚してからずいぶん真面目になったらしい。
さらに、一緒に出仕する日は、彼の仕事の速度が上がり、いつもより格段に仕事がはかどると評判になっていた。
同年代の同僚が職場におらず、やる気を削がれていた助三郎は、格之進が同じ職場になって本気でうれしがっていた。
家では妻で職場では同僚、好きな人と何時でも一緒にいられるのが心底うれしく、仕事に力を注いでいた。
しかし、あまりにも仲が良過ぎる上、いつも二人で一緒にいたので、時たま先輩達にからかわれた。
「では、御老公、渥美に取っておいた仕事をやってもらいましょうか?」
「そうしてくれ。早苗、励めよ。じゃが、辛くなったら言いなさい」
「はっ。かたじけのうございます」
部下思いの主に礼を言うと、早苗は上司の後についていった。
一人残された光圀は、怪しい笑みを浮かべ、つぶやいた。
「助三郎はおなごになったか……フム…」
その頃、美帆になった助三郎は部屋で寝転がっていた。
やることが無い。それ以前に、何もやる気になれない。
家から出られないし、出たくもない。
仕方なく、ぼーっと寝転がっていた。
しかし、突然母親に起こされ、引っ張って行かれた。
「美帆、来なさい」
「母上!わたしは助三郎です!」
「格之進が仕事に行っている間貴女は早苗さんの代わりをするの。良い?」
「なんであたしが…」
「ぶつぶつ言わない!」
どうやら、母は妹と結託しているようで、千鶴も面白そうに近寄ってきた。
「母上、姉上は裁縫はともかく、料理はちょっとできるそうですよ。格之進義兄上が教えたそうで」
「ではやってもらいましょうね。ひとまずお昼ごはんでいいわ」
「……くっ」
野菜や魚を捌くくらいしかやったことはない。
ちょくちょく旅の最中、早苗に教えてもらってはいたが、一人ですべてできるわけがない。
「大丈夫、姉上一緒にやりましょ」