千日紅
すごくうれしそうな笑顔を見せる妹に助三郎は一瞬ほだされたが、美佳には驚くことを聞かされた。
「銀さんがお目付けに来るそうですよ」
「お銀が!?なんで!?」
「義兄上が呼んだの」
助三郎は呆然と立ち尽くした。
変わり果てた姿をこれ以上他人にさらしたくない!
絶対あいつは俺をからかうに違いない!
「さぁ、姉上、お料理特訓よ!」
呆然と立ち尽くす助三郎を尻目に、妹の千鶴は大張りきりで、料理の支度にとりかかった。
昼過ぎ、お銀が本当に佐々木家にやってきた。
ニコニコとさもうれしそうに助三郎を眺めた。
「美帆ちゃん、よろしくね」
「フン!美帆じゃない!」
「まぁ、怖い子ね。でも、可愛いわ」
「可愛くなんかないの!女じゃないの!」
「つんけんしちゃって。もったいないわよ」
「ベーっだ!うるさい!」
「中身は助さんのままねぇ。可愛いのに…」
秘薬のせいでしぐさや声、しゃべり方は女の子になっているにもかかわらず、元の助三郎と同じような言動をとる目の前の女にお銀はあきれた。
お銀は早苗に、美帆の相手をしてくれと頼まれてきたのだが、あまり意味はなさそうだった。
そこへ、美佳が現れた。
「お銀さん、貴女もお料理の特訓してあげます。夕餉の支度手伝ってくださいな」
「え?はい……わかりました」
お銀は、料理ができなかった。
刃物は使えるが、小太刀と刀くらい。包丁で大人しく食材を切ることはしない。
お米も炊けないほどの料理音痴。
それを知っていた助三郎は上げ足を取り、からかった。
「お銀料理下手だからねぇ。不味くて食べられないかも!ウェ…」
「口の減らない女の子ね。針山にしてあげましょうか?」
「女じゃない!針山もイヤ!」
結局二人は口喧嘩しながら、料理作るはめになった。
下女が数人傍でハラハラしながら見守っていたが、どうにか食べられる物は作れそうだったので、各自の持ち場に戻って行った。
「ねぇ、美帆ちゃん、これ早苗さんに食べさせるの?」
「もちろん!」
「お仕事で疲れてるでしょうねぇ」
ふっと助三郎は申し訳なくなり、妻の顔を思い浮かべた。
しかし、浮かんだのは朝見送った格之進だった。
あれ?なんで、格さんだ?
おかしいな……
まぁ、いいや。
深く考えず、食事の支度を終えた。
「さぁ、美帆ちゃん。お風呂行きましょ」
「え?いいの?」
一瞬、男のスケベな本能が疼いた。
一緒に入れる!
「えぇ、もちろん」
「あ、ダメ!あたしには早苗だけなの!お銀とは入らない!浮気はしない!」
助三郎ははっと我に帰り、勘付いた。
さては、浮気をするか確かめるために、お銀をよこしたんだな?
浮気なんか絶対するわけないのに!
一緒に入りたいのは、お銀じゃなくて早苗だ!
「早苗さんには了承済み。さぁ!」
この言葉に助三郎は驚いた。
なぜだ?
なぜ、お銀と一緒に入れられるんだ!?
何かある!
恐ろしくなった助三郎はもがいてお銀の魔の手から逃れようとした。
「イヤだ!!!離して!」
「何恥ずかしがってるの?いいから!」
結局、お銀に着物を剥かれ、一緒に入ることになってしまった。
しかも浴槽で姿をじろじろ見られ、ゆっくりくつろぐどころではなかった。
「すごいわねぇ。顔に似合わず、体型が…」
「はぁ!?」
「うらやましいわ。わたしみたいな仕事するには邪魔だけど」
やはりお銀も、早苗と同じように胸を見ていた。
女同士、平気で口に出し、話題にするのは少し理解ができなかった。
男同士は気にしないというか、話題にしたりしない。
誇りが傷付く。
…でも、一回格さんに言ったら、激怒された。
あれは誇りや自尊心どうのこうのじゃなくて、ただ恥ずかしかっただけかな?
中身女だから。
「とにかく、うかつに出歩いたらダメだからね」
「なんで?」
「そんな可愛い顔と体型じゃ、ごろつきに襲われる。絶対ダメ」
真剣な表情のお銀に、助三郎は少しあきれた。
「そんなの、やっつければいいでしょ?」
助三郎の剣の腕には、過信ではなく、お墨付きがあった。
光圀が企画した藩をあげての武術試合の剣術部門で助三郎は一番に輝いた。
間違いなく、国で一番の剣の遣い手。
一方、この大会で、早苗は柔術部門で一番になった。
夫婦互角。公に言えないが、自慢でもあった。
それなのに、助三郎の目の前のお銀は彼を否定した。
「技術は衰えてないと思うけど、あなたの今の筋力と体型じゃ無理。おとなしくしてるのが一番」
「………」
そう言われてみると、本当に無理そうだった。
筋肉などウソだったかのような女の細い腕。
鍛えたはずの胸筋に変わる、『邪魔』になる豊な胸。
身体がいつもより重い気がする上に、速く走れなかった。
本来の姿とまったく違うことに、改めて落胆した。
そんな助三郎をよそに、お銀は面白そうに言った。
「……まぁ、間違いなくモテるけどね」
「早苗にだけモテればいいの!」
助三郎はすぐさま否定した。
男になんか、モテたくない!
義兄でさえ、女を見る目で見てきた。
変な男に言い寄られるなんて、ぞっとする。
…格さんは、どうだろな?
「あら、格さんは無理よ」
助三郎の心を読んだのか、お銀はさらりと言ってのけた。
「なんで?」
「だって、女の子苦手でしょう?今まで二三人よ、まともに過ごせたの」
「……」
お銀の言葉に、助三郎は落胆した。
そういえば、そうだった。
大丈夫なのは、友達の由紀さんとお孝さんだけだ。あとは、正体を知っている女友達だけ。
俺は、ダメかもしれない……
これだけ見た目が女。
女が苦手な格さんに、嫌われるかもしれない。
それが高じて、元の俺も嫌われるかもしれない。
あまりにも落胆する助三郎がかわいそうになったお銀は、彼を元気づけた。
「気落ちしないで。もしかしたら、大丈夫かもしれないから」
「本当?」
お銀の言葉に助三郎は少し希望がもてた。
「だから、もっときれいに可愛くするの!まずは…」
そういうと、お銀は助三郎に向って手を伸ばした。
「お銀、触るな!」
意識して、男言葉に直し、精一杯どすを聞かせて脅かした。
しかし、高い女の声では意味がなかった。
「身体洗うだけよ」
「やめろ!」
「怖い言葉はダメ!さぁ綺麗にしてあげるから!」
「イヤー!!!」
風呂場は助三郎にとって修羅場と化していた。