ギャグマンガ日和をいい話にしてみた
松尾芭蕉の容体はかなり深刻になっていった。
彼は狭い空間の中の布団の中で仰向けになって寝ていた。
「もう、どうしようもないです」
ついに彼は医者からも、見放された。
僕は、医者の非情な言葉にブチギレた。
「テメエ、それでも医者か!!!」
僕は、医者に断罪チョップを下ろしていた。
芭蕉以外に使うのは初めてかもしれない。
医者は肩を押さえてひいひい言っている。
「私だって、最善を尽くしましたよ、でももう限界なんです」
医者は弱弱しい声で言う。
僕は医者の胸倉をつかんだ。
「だったらせめて延命治療位しろ!」
医者は僕の剣幕に押されて涙目になった。
「それをしても、もう無駄な状況になってるんです・・・
私はもう、何もできないんです・・・」
僕は医者に対してかなり腹が立った。
医者を投げ捨てて吐き捨てた。
「諦める前に少しは手を打てねえのかよ。
あなたにはもう頼まない。
出てけヤブ医者」
医者はすごすごと帰っていった。
「曽良さん、芭蕉さんは・・・」
見舞いに来たのは
旅の途中で出会った渋谷風流という俳人だった。
彼はよく来てくれてありがたいと思っていた。
「もう、二週間ほどだそうです」
僕は苦しい気持ちで伝えた。
風流さんは絶句している。
「いつか別れは来るものです。
辞世の句と、思い出ぐらい作らせてあげないといけませんね」
「はい。
なんか無性に寂しいです」
風流さんはもう泣いていた。
僕は、まだ泣かなかった。
寝ている芭蕉の顔をなるべく見ないようにした。
見ると、泣きたくなってくるからだ。
「芭蕉さんの弟子達に、手紙を送りましょう。
彼も最後は弟子に囲まれて寝たいはずです。
弟子達の方も、彼の最後の句を聞きたいでしょうから」
一週間がやっと過ぎた。
僕は寝ずに付っきりで看病していたため、時間を長く感じた。
その時、彼が目を開けた。
「芭蕉さんっ!!!」
僕は驚いて声をかけた。
彼はそっと呟いた。
「秋深き 隣は何を する人ぞ」
「へっ?」
「曽良君、どうだった?」
僕はもちろん正直に言った。
「いい句じゃないですか。
見直しましたよ。スランプ脱出ですね」
彼はうっすらと笑った。
本人は満面の笑みのつもりなのだろう。
「うれ、しい、曽良く、褒めてくれた」
「言ったじゃないですか」
僕は自分なりの笑顔で続ける。
「いい句ができたら素直に褒めるって」
松尾芭蕉が人生を終える日がやってきた。
彼の布団の周りには、河合曽良、広瀬惟然、服部土芳、天野桃隣など芭蕉の弟子全員が集まって、彼を見守っていた。
「曽良君」
芭蕉はか細い声で言った。
「ありがとうね。
今まで、一緒について来てくれて」
「芭蕉さん!」
「僕、嬉しかったんだ。
みんなに断られちゃってたし。ホントにありがたかった。
曽良君に会えて良かった」
「芭蕉、さん・・・」
彼は天井を向いて言った。
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」
彼の最後の句だった。
「どう?曽良くん?みんな?」
僕達の答えは一致していた。
代表して僕は言った。
「今までで一番、いい句じゃないですか・・・」
僕はようやく泣く事ができた。
号泣だった。
「僕が死んだら、木曽義仲公の側に葬って欲しいな」
彼の遺言だった。
「曽良君。本当にありがとう」
彼の笑顔に僕は必死に笑顔で返した。
「僕も、芭蕉さんに会えてよかったです」
彼は、満面の笑みの後、安らかに、逝った。
僕は何かが吹っ切れたように泣いた。
こんなに泣いたのは久しぶりだった。
周りの人たちも、つられて泣きだした。
僕は彼の遺言通り、彼を木曽義仲公の側に葬った。
できるだけ、墓参りに行った。
「芭蕉さん」
僕は彼に一つ誓った。
「あなたのために、あなたより長生きします」
僕は以前より晴れ晴れしていた。
全て彼のおかげだった。
作品名:ギャグマンガ日和をいい話にしてみた 作家名:蔦野海夜