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金銀花

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「やっぱり、町人じゃなかったな?」

 鳩尾に刀の柄を叩き込み、気絶させながら言った。

「バレてましたか?」

 繰り出された白刃を歯で受け止めながら助三郎はニヤリと笑った。
 
「何となく。立ち居振舞いが町人とは違った。まさか、御隠居は……」

「後で話します。まずは片付けを!」

「そうだな」


 剣豪二人の活躍で、侍たちは降参し始めた。

「助さん、一応やるかの?」

「はい。この紋所が目に入らぬか!」

 早苗から預かった主の印籠を見せつけた。

「こちらにおわすお方をどなたと心得る。畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ! 一同、ご老公の御前である。頭が高い! 控えおろう!」

 いつも格之進の姿の妻が担当する役目を自分で、少し緊張したがやってのけた。

「ひっ。なんでこんなところに水戸の?」

「はは……」
 
 驚いた侍たちは、無駄な抵抗はやめ、大人しくひれ伏した。

「御老公さまとは存じ上げずご無礼つかまつりました!」

 弥兵衛は娘と婿とひれ伏し、頭を上げなかった。

「いやいや。隠居の身でもそれだけ身体が動くとはあっぱれ。武士の鑑じゃ」

「めっそうもございません」

「これからも、動けるようにの」

「ははっ」

「それと、安兵衛」

「はっ」

「うわさ通りの剣豪。あっぱれじゃ。うちの佐々木もお前さんには敵わぬな」

 部下をからかいながら、光圀は安兵衛を褒め称えた。
助三郎は少し赤くなった。

「……御老公」

 安兵衛は助三郎に視線をやり、知りたかったことを聞いた。

「助さん、本当の名は?」

「佐々木助三郎と申します。安兵衛殿」

「助三郎殿。一度手合わせしたいもの」

「はい。機会があればぜひ」

 
 助三郎に新たな知り合いが増えた。





 ごたごたの事後処理を終えた後、光圀一行は藩邸に戻った。
再び、早苗と助三郎は二人だけの部屋に戻り早めの夕餉を取った。
 じきに水戸へ帰国。その道中は早苗は女に戻れない。
思う存分、妻の姿を眺めて癒されたいと願う助三郎だった。

 しかし、寝る前の一時、仕事のため早苗は格之進に変わっていた。
男の『渥美格之進』の筆跡でなければ、仕事をしたことにはならない。
 その厳しい藩政のためだった。
その日起こった出来事を事細かに記し、必要経費を算出し、まとめた。
 一息つくと、待ってたかのように助三郎が話しかけた。

「格さん。印籠ってすごいな」

「何が?」

「みんなが頭下げるから、なんかこう、スッキリする」

 それは早苗も感じていた。

「そうだろ? 俺に頭下げてるわけじゃないが、気持ちがいい」

「でも、あれを管理はできないな。無くしそうで怖い」

 なくしたら、間違いなく首が飛ぶ。畏れ多い品物。

「だからお前には絶対に管理させない」

「……俺がいい加減だからか?」

 ムッとした夫がおかしく見えた早苗は笑ったが、真面目に返した。

「いいや。……お前を切腹や打ち首で失いたくはないからだ」

「格さん……」

「……大事な夫で親友を守る。だから俺が印籠管理する。いいな?」

「あぁ。頼む」

 しんみりした空気の中、早苗は寝る準備を始めた。

「じゃあ、寝るか?」

「そのままで?」

「なわけない。……こっちで寝る!」

「やった、早苗だ!」

 江戸での夫婦水入らずの夜がその日も更けていった。
 
作品名:金銀花 作家名:喜世