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金銀花

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「そうですよ。義姉上、このまま行けば夕刻には松戸の宿には着きます。ここで泊まらずとも……」

 夫と義弟に詰め寄られ、早苗は一瞬ひるんだ。
しかし、すぐ気持ちを切り替えて二人に言った。

「良いの! 泊まりましょ。格之進の奢りで!」

 その言葉に助三郎は呆れた様子だった。

「はぁ? あいつ絶対怒るぞ無駄遣いだって」

 しかし、早苗は不敵な笑みを浮かべた。

「フフフ…… あの人の財産はすべてわたしの物よ。有無を言わせないわ」

「おぉ、怖。 格さん可哀想に…… 今度奢ってやろう」



 おふざけはそこまでにして、早苗はそこに宿をとった。
そして部屋に夫と義弟が落ち着くのを見計らうと、焦ったように言った。

「いけない! 由紀の所に忘れ物したから取りに行ってくるわ」

 もちろん嘘だった。

「気をつけろよ。あぁ、そうだ。虎徹に乗ってけ。それと早苗で行くな。格さんで行けよ」

「わかった。じゃあね!」


 早苗は宿の女将に事情を話し、一人由紀の元へ戻った。






 夕方、部屋の隅でずっと寝転がっているだけの助三郎に千之助は声をかけた。

「……兄上、義姉上遅くありませんか?」

「さぁ……」

「馬で駆ければ、もう戻ってきてもおかしくありませんよ」

「由紀さんと話し込んでるだけじゃないか?」

「……そうですか?」

 少し会話はできたものの、助三郎は千之助の方を一切振り向くことはなかった。
 溜息をつき、千之助は暇つぶしに窓の外をボーっと眺めていた。
段々と日が陰り、暗くなっていった。
 
 しばらくすると宿の者がやってきた。部屋には灯りがつけられ、もう夜だった。
 膳も運ばれたが、なぜか用意されたのは二人分。

 助三郎はすぐさま、挨拶に来た女将に言った。

「……あと一人居るんだが」

「奥様ですか? それならお二人で泊まるようにとの伝言がございました。明日の朝迎えに来ると」

 その言葉に、兄弟二人は声をそろえた。

「……え!?」

「ホホホ。仲がよろしいこと…… ではごゆっくり」


 二人きりになった部屋で、兄弟二人は向き合って食事をとった。
 しかし、助三郎はほとんど口を聞かず早々に夕餉を平らげ、席を立った。

「……風呂入ってくる」

 
 その宿は岩を彫った露天風呂のあるかなり贅沢な宿だった。
食事も豪華。女将の挨拶まであった。
 よくもこんな贅沢なことを早苗はしたなと思うと、金にうるさい格之進の怒る顔が浮かんだ。
しかし、彼より強い早苗の権限を思うと笑みがこぼれた。

 助三郎は妻で同僚で親友。そんな早苗が自分に居てよかったと改めて感じていた。
同時に、未だ元妹の結婚を心から祝福できない自分の弱さに落胆した。
 
 千之助は最愛の女と一緒になる。そんな自分と同じようなことをした彼を、見た目もよく似ている彼を弟として認められない。
妹にいつか戻るのでは。目が覚めたら、千鶴が立っているのではと毎日思ってしまう。ついつい、冗談で妹を弟に変えてしまった罪悪感に駆られる。


 そんなことをつらつら考えていると、突然人の気配がした。
 湯女などいない高級な宿、おかしいと気配を探ると声がした。

「……兄上、一緒によろしいですか?」

「あ? あぁ……」

 気配は、千之助だった。
 彼は岩風呂の助三郎から少し離れた所にしばらく黙ったまま浸かっていたが、おもむろに口を開いた。 


「……兄上、私が嫌いですか?」

 この言葉に驚いた助三郎だったが、ぼそっと言った。

「いや……」


「では、私を恨んでいますか? 女を捨て、男になったことを。怒ってますか?」

 この質問に、再びぼそっと呟いた。

「そんなことない……」


 すると、直接的な疑問が飛んできた。

「では、なぜ私を避けるんです?」

 助三郎は胸が痛くなった。避けていることを弟が感じていたことに、申し訳なさを感じた。
しかし、彼に向き合えない自分の不甲斐なさに、何も言葉を発せなかった。
 

「……一緒にしたいことたくさん有るんです。兄上と」

 助三郎は彼の言葉にはっとした。

「……俺とか?」

「はい。せっかく男に、弟になったんです。今までできなかったこと、いっぱいやりたいんです」

「……たとえば?」

「剣術教えて貰いたいです。ダメですか?」

 助三郎は言葉を返すことができなかった。
 顔を伏せたまま、長い沈黙が続いた

 そして、とうとう助三郎は心の底に溜まっていた黒いものを吐き出し始めた。声は震えていた。


「……千鶴。あのな、俺、怖いんだ」

「何がです?」

「……お前が男になっていくのが怖いんだ。……俺の妹が、千鶴がいなくなるのが怖くてたまらない」

「えっ?」

「俺が冗談半分でお前を男にした。そのせいで本当に男になっちまった。たった一人の妹を俺がこの手で殺したようなもんだ……」

 そう言って助三郎が見つめる手は震えていた。
千之助は今までふざけている兄、厳しい兄しか見たことがなかった。
 ここまで弱弱しい兄の姿を見るのは初めてだった。

「兄上、それは違います。私は生きています」

「……いいや。俺は、お前の大事な人生奪ったんだ。可愛い着物着て、お化粧して、綺麗な髪飾り付けて…… その楽しみを俺が奪ったんだ。だから……」

「兄上。そんなこと気にしないでください。私は兄上を恨んでなんかいません」


 しかし、助三郎の落ち込みは深かった。
そこで千之助はあることを思い出した。美佳から言うなと止められていた、自分の話。

「……兄上、今から言うこと、母上には言わないでくれますか?」

「……なんの話だ?」

「うっとおしい親戚の話です」

「……どんな話だ?」

「あいつらは私を城に上げようとしていたそうです。手が付いて側室に召し上げられたら佐々木家の手柄。栄華も思うままだと」

 この言葉に、助三郎は落ち込むのをやめ険しい表情になった。

「……なんだと? 本当か?」

「はい。母上から聞きました」

「お前はその時どう思った?」

「側室なんてまっぴらごめんです。男に抱かれるなど今考えてもゾッとする」

「そうか……」

「ですから、女のままの方が不幸になってたんです。男だったら、香代と一緒になれるし、藩の役に立てる」

「そうか……」



 兄が落ち着いたと見た千之助は、笑顔で彼に言った。

「兄上、いくら姿が男でも、私の中身は千鶴のままです。変わってません」

「……そうか?」

「女だった時の思い出はしっかりあります。ちょっと兄上にキツすぎたかなと思いますが…… 叩いたり、貶したり……」

「そういえば、お前最近やたらと俺に寄ってくるよな。前は早苗ばっかりだったのに」

 助三郎の返答は、声が明るくなっていた。
うれしく思った千之助は言葉を続けた。

「義姉上はまだ大好きです。でも、これからは兄上ともっと仲良くしたい」

 すると、助三郎から返事が来た。

「ありがとな…… こんなバカ兄貴に……」

 声は震えていた。そんな彼に、千之助は少しからかって、聞いてみた。

「泣いてるんですか?」
作品名:金銀花 作家名:喜世