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金銀花

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二度と聞きたくない、助三郎のもうひとつの名前。

「……女にして押し倒してやろうか、美帆?」

「げっ」

 格之進の言葉に同調した美佳までも戯言を言い出した。

「それがいい。格之進に可愛いがってもらいなさい。ついでに孫の顔も見せなさい」

一瞬、自分が格之進に抱かれ、子を抱いている光景を想像してしまいゾッと鳥肌が立った助三郎は、
母と妻に猛反撃した。
 子は欲しいが、男に抱かれて自分で産みたいとは思わなかった。イヤとか気持ち悪いではなく、恐怖が真っ先に押し寄せた。

「嫌です! 二度と女にはなりません! 私は死ぬまで男のままです!」

そんな助三郎を早苗は冷やかした後、男のままで彼に問いただした。

「で、男の助三郎殿。千鶴にどれだけ秘薬を飲ませた?」

「粉だ。ほんの一つまみ。だから、長くても半月ぐらいで元通りになると思う」

「そうか。お前食い過ぎてずいぶん長かったからな」

「その苦労を知っているからこそ、短くしたんだ」

「そんな気使いする以前に、男に変えるなんて思うなよ」

「だって。弟が……」

 夫婦がぶつぶつ文句を言い合い始めたのに、千鶴は割って入った。
どうしても、言いたいことがあった。

「あの、兄上、明日約束があったんですが……」

 千鶴は大事な親友、水野家の香代と絶対に反故にできない、前々からの約束をしていた。
昨日、舞の稽古中に調子が悪い千鶴を人一倍気にかけてくれたのも彼女だった。
 別れ際に約束の確認もしてしまっていた。

「そんなもの、そのまま行けば良いだろ?」

 未だに鈍感な性根が残っている助三郎は、よくわかっていなかった。
そのまま行っては、誰か気付いてくれないと言う落ちがある。
 早苗はこの点をよくわかっていた。当初彼女は助三郎に正体を隠して付き合っていた。
見た目男同士で、恋人関係を保てない苦しみも悲しみも痛いほど味わった。
 そんな経験を形や境遇は違うが、味あわせたくなかった。

「千鶴ちゃん、相手は女の子だよな?」

「はい。……あの、『ちゃん』は抜きでいいです。さっき見たいに」

「じゃあ、千鶴、相手は香代ちゃんか?」
 早苗は香代のことをよく知っていた。仲の良い後輩の一人だった。千鶴と仲が良く、いつも一緒にいるので、早苗も自然と付き合っていた。
 香代も早苗を慕ってくれていた。

 やっとここで鈍感な助三郎は男の姿で女友達と出歩くことの危険に気付いた。

「……そうか。やっぱり止めといた方がいいな。水野さまに迷惑だ」

「そうだ。どこの誰ともわからない男と歩いてたら、怪しまれる」

 しかし、鈍感なだけでなくおふざけ好きな助三郎は、早苗にとってイヤな話を持ち出した。
それは誰にも知られたくない、過去の恥ずかしい話だった。

「……あ、でも、お前由紀さんと逢い引き何度もしてるだろ?」

「あれは、健全な女同士の付き合いだ!」

「ウソつけ。お前言い寄ったんだろ? 好きだとか何とか言って。手籠めにされそうになったとも聞い
てるぞ」

 『好き』と言って由紀に迫ったことはあった。しかし、それはふざけただけで、由紀が早苗を男として誘惑してきた事への仕返しだった。
 『手籠め未遂』は、切羽詰まった時、しかたなく真似をしただけだった。
これらの話は、早苗と由紀しか知らない。細かく言えば『手籠め未遂』の目撃者は弥七とお銀も言えるが、忍びの口は固い。言うわけがなかった。
 よって犯人はただ一人。
江戸で暮らしている早苗の親友に違いない。

「……お前、それを由紀から聞いたのか?」

「あぁ。面白おかしくしゃべってくれた。案外浮気なんだな、格さんって」

 イラッとすることを言われた早苗は、助三郎に反撃した。彼の嫌いな一言を使って。

「あ、焼餅焼いてくれてるのか? 『美帆ちゃん』可愛いなぁ。身体があんなにやわらかくなくて男のゴツイままだけど、抱きしめてあげようか?」

 すると、助三郎もひるまずに軽口を叩いた。

「俺は美帆じゃない。むっつりスケベの格之進!」

「なんだと? 奥手の助三郎のくせに生意気な!」

 男二人の口喧嘩が始まった。
夫婦同士の時でもすぐに無駄な言い合いに発展する。
これを下男下女は仲が良すぎるからだと、笑って取り合わない。
 千鶴も、美佳も手がつけられずそのまま二人を残し、今を後にした。
 
作品名:金銀花 作家名:喜世