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雪柳

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《06》クロの使命



 光圀のところから帰ってきたクロは布団に入ったとたんすぐに眠ってしまった。
早苗と助三郎は彼の両隣で布団に入って寝顔をずっと眺めていた。
 早苗は小さな声で言った。

「……可愛い寝顔」

「……だな」

 助三郎も同じくそっと彼女に返した。
そんな子どもが好きな彼の優しい笑顔に、早苗の胸は苦しくなった。
 そして、ふと思ったことを口にした。

「……このままじゃ、ダメかな?」

「……え?」

「……クロをこのまま人間にしたら、ダメ?」

 助三郎の顔から笑みが消え、真剣な眼差しになった。

「……どういうことだ?」

 早苗は言ってはいけないと思ったが、言った。

「わたしの子に……」

 するとすぐさま助三郎は布団から起き上がり、早苗の布団の隣に行った。
そして彼女の手を取ると、部屋の外に出た。
 庭の雪は月で照らされ、辺りはぼんやりと明るかった。
空気は冷え、身が締まるような寒さだった。
 そんな寒さのような助三郎の表情は、厳しいまま穏やかにはならなかった。
そして、真剣な口調で助三郎は話し始めた。

「……早苗、クロは犬だ。人間じゃない」

「でも、秘薬で本物の男にも女にもなれる。犬も人間になれるかもしれないわ。人間になれば……」

 言い終わらないうちに、助三郎が言葉を重ねた。

「長生きできる。クロは賢い、人並みに生活できる。俺の後継ぎに出来る。……そう考えたんだろ?」


 彼の言った内容は正しかった。
しかし、彼はその考えを快く思ってはいなかった。

「……本当にそれでクロが幸せだと思うか?」

「それは……」

 早苗はクロの気持ちを聞いていない事を思いだし、言葉を濁した。
すると助三郎が言った。

「あいつ何度も言ってたろ? 自分は犬だって」

「うん……」

「あいつが人間になって幸せとは限らない。お前の一存で決めたらダメだ」

「……そうね。でも、あの子がなりたいって言ったら?」

 早苗は諦めてはいなかった。
クロを人間のままにすることしか、彼女の頭になかった。

「……ダメだ。クロは俺たちの大事な家族だが赤ん坊や子どもにはならない」」

 この言葉を聞いた早苗は、自分の言ったことを後悔した。
全く血の繋がっていない子を養子にしても、うるさい親戚が怒るだけ。
 助三郎に繋がる子に跡を継がせなければならない。
 
「ごめんなさい。わたし……」

 突っ走った身勝手な考えを夫に話してしまった早苗は自分を恥じた。
と同時に、子どもが好きな夫に、子どもを抱かせてやれない不甲斐なさを感じた。
 すると、助三郎が言った。

「お前の子は、お前が産むんだ。赤ちゃんから育てるんだ」

 ようやく穏やかになった助三郎の声を聞いた早苗は、猛烈に悲しくなった。
そして、浮かんで来る度に不安に駆られる、ある考えを口にした。
 その声は、震えていた。

「わたし、もしかしたら産め……」

 言い終わらないうちに、助三郎に口を押さえられた。
そして、穏やかな眼差しで彼は言った。

「……余計なこと、絶対に考えるな」

 そして早苗を抱き寄せしっかりと抱きしめ、彼女の耳元で言った。

「……お前は何も悪くない。絶対に焦るんじゃない。自分を追い詰めるんじゃない」

「でも……」

 助三郎の力が強くなった。

「『でも』は無しだ。いいな? 暗い顔するんじゃなくて、笑って、どんと来いって構えるんだ」

「……笑って?」

「そうだ。泣いたらダメだ。落ち込んだらダメだ」

「……頑張ってみる」

 そして二人は抱きしめ合ったまま、廊下に立っていた。
しかし、そう長くも続かなかった。

「そろそろ部屋に入ろう。寒い」

「うん」

 大人しく二人は部屋に戻り、布団に入った。





「クロを犬に戻す」

 数日後、助三郎は苦しそうに早苗に告げた。
すぐ目と鼻の先に関所があったからだ。
 通行手形がない人型のクロは通ることが出来ない。
犬ならば、『お犬様』で難なく通してくれる。
 元に戻る時が来た。

 未練を断ち切るために、早苗は男に姿を変えてみた。
しかし、中身は早苗のまま。感情が変わることは無かった。
 『格さん』と呼んで、早苗の時と変わらず懐いて寄ってくるクロが、可愛くて仕方がなかった。

 ずっとクロと一緒に居る彼女の姿を見た助三郎が言った。

「……格さん。クロは戻すんだ」

 しかし、未練タラタラの早苗はとんでもないことを言い出した。

「弥七と一緒に裏道抜けさせれば、クロを戻す必要無いんじゃないか?」

「ダメだ。弥七は忙しい」

「なら、お銀に頼んで……」

 助三郎は溜息をついた後、言った。

「格之進。お前らしくないぞ。今は仕事だ。御隠居の護衛が第一だ」

 普段は早苗が言うようなことを助三郎が言った。
その異様さに、早苗は自分が身勝手すぎると気付いた。

「……すまん。そうだ、仕事だな」

 溜息交じりにそう言った様子に、助三郎は呟いた。

「……辛いのはわかる。犬に戻って、話せなくなると思うと俺だって悲しい」

 本当に悲しそうな彼の顔を見た早苗は、悲しさとある後悔に捕らわれた。

「こんなになるなら、秘薬なんか持ってこなけりゃよかった。処分しとけばよかった……」

 すべてはそこから始まった。
秘薬さえなければ、クロはずっと犬のままだった。
普通の飼い主と犬の関係で一生を終えるところだった。
 しかし、人間になったことで三人での楽しい思い出がいっぱいできた。
二人の感情は様々な物が混ざり合っていた。
 しかし、助三郎が口を開いた。

「……俺がやろうか?」

「いいや。俺が……」

 早苗は自分でクロを元に戻すことを決意した。
 ただ解毒剤を渡せば済むこと。しかし、なかなかそれが出来なかった。
そして、クロを目の前にして聞いてはいけない事を聞いてしまった。

「……水戸に戻ったらまた秘薬飲むか?」

「どういうこと?」

 一点の曇りもない純粋な眼でクロは早苗を見た。
その眼に、早苗は続きを言ってしまった。

「……犬じゃなくて、本当の人間になる気はないか?」

「……出来るの? そんなこと」

 驚いたように聞くクロに、早苗は続けた。

「たぶん。だからさ……」

 しかし、言葉が詰まった。
 彼女の中で二つの気持ちが闘っていた。
常識で当たり前にいけない事だとわかっている『格之進』としての気持ち。
クロを自分の子どもにして育てたい『早苗』の欲望。
 この二つに挟まれた早苗は何も言えなくなった。

 二人の間に沈黙の時が流れた。


 一方、クロは苦しそうな悲しそうな不安そうな早苗の顔を見ているうち、光圀から託されたことを思い出した。
 それは、大事な使命だった。
 そしてきっぱりと早苗に言った。

「早苗さん。クロは早苗さんの子どもじゃない。助さんと早苗さんの飼い犬だよ」

「でもな……」

 未練がある早苗は説得しようと試みた。
しかし、クロは聞こうとしなかった。

「赤ちゃんは、早苗さんが自分で産むんだよ。クロは犬に戻るの」

 夫と同じようなことを言う飼い犬に、早苗の胸は苦しくなった。
しかし、次のクロの言葉に少し救われた気分になった。
作品名:雪柳 作家名:喜世