金魚がぽちゃり
「珍しいな」
「ああ。普通は何処かに斑点なんかがちょっとくらい混じるけど」
「完璧真っ白ってのは初めて見た、俺」
「私も」
「綺麗ねえ。夏目君て、綺麗なものを見る目があるわね」
口々に褒める。夏目は擽ったそうに首を竦めて、注目の的となっている真っ白な金魚を目の高さに掲げて眺める。
「いや。綺麗かどうかなんて、俺には良くわからないよ。こいつを選んだのは、一番おとなしくて静かだったからだ。こんなでこいつ、あの賑やかな水槽の中でやっていけてるのかな。もしかしたら居場所が無くて、虐められているんじゃないか。だったら引き取ってやろうって思ってさ」
「……夏目らしいや」
北本が呟いた声に田沼も頷く。
しかしそこへ笹田が躊躇いながら声を上げた。
「でも夏目君、ブサイクちゃん、どうするの?」
「え?」
「そうだな。まだ諦めていないぞ、こいつ」
西村が呆れたように言う。その言葉どおり、ニャンコ先生は今度は夏目の金魚にターゲットを変えたらしい。激しく身を捩って何とか爪にかけようと腕を伸ばし、多軌の浴衣の帯を蹴り捲くっている。
「ああ、ごめん多軌!」
夏目は慌ててニャンコ先生を多軌の腕から抱き取った。
「重かっただろう? すまない」
「ううん。全然。いっぱいつるふかできて、幸せだったわ。バイバイ、猫ちゃん。またね」
恨めしそうなニャンコ先生の視線など、毛先で突いたほども感じていないらしい多軌。一方の先生は彼女に抱かれるのが気に入らなかったのか、しきりと毛づくろいしてはニャッ、ニャッとぶつくさ文句を垂れている。
それを見ていた田沼がぽんと手を打った。
「そうだ。夏目。その金魚、多軌に預かってもらったらどうだ?」
「え?」
「俺が預かっても良いんだけど、俺の家じゃポン太は平気でやってくるだろ。でも多軌の家だったらわざわざ出向かないと思うんだ」
「ああ、なるほど。それ良い考えじゃん。その猫、多軌さんのことは敬遠しているみたいだし」
「でも、多軌の都合もあるだろうから……」
「私なら大丈夫」
薄っすらと頬を染めて、多軌は夏目を見上げる。
「金魚飼うのなんてそんなに手間が掛かるものじゃないし、金魚鉢も昔使ったのがあるから。猫ちゃんが狩らなくなるように夏目君が躾けるまで、預かるわ」
「……そうか。それじゃあ」
夏目はビニール袋のピンクの持ち手を多軌の指先に引っ掛けると、眩しそうな顔で礼を言った。
「ありがとう。先生によく言って聞かせたらすぐに引き取るから、それまで頼む」