金魚がぽちゃり
「あんな弱っちい魚、どうせ長生きはせん。ぱっくり食ってやる方が親切というものだ」
「せっかく縁があって俺に掬われてくれたんだ。長生きしないとしても、せめて生きている間は少しでも幸せにしてやりたい」
「私の幸福は犠牲にしても良いのか!」
「そうは言わないよ。俺だって肉も魚も食うんだから。でも、金魚はそもそも食うためのものじゃない。見て楽しむために作られたものは、おとなしく見ているだけにしておいた方が良いと思わないか?」
「いつものことだが、お前の理屈はまったくわからん。……が、そうだな。エビかイカをたっぷり寄越すなら、しばらくあのチビ魚は見逃してやっても良い」
「……やれやれ」
多軌と笹田を自宅まで送り、それから田沼たちと別れた夏目が藤原家に帰って来たのは九時を少し回った頃だった。
「お帰り、貴志君。楽しかった?」
「はい! すごく楽しかったです」
いそいそと迎えてくれた塔子と滋に礼を言い、あれこれと土産話をしながら遅い夕食を摂った。せっかく掬った金魚を、先生が狙うので持って帰って来れなかった、と告げると、二人は声を上げて笑った。
「ニャン吉君たら、金魚まで食べようとするなんて」
「友達みんなに知れ渡っているのか。ニャンゴローの食い意地は」
憤慨して否定するニャンコ先生の言葉も二人にはニャーニャーとしか聞こえないが、それでも三人と一匹、楽しい団欒のひと時が過ぎる。
風呂に入り自室に戻ってくると、先に上がったニャンコ先生はもう白河夜船だった。
「いや、もう食えん……ウニャ……ニャ……」
夢の中でまだ食べているらしい。思わず苦笑が漏れるが、それでもニャンコ先生にも楽しい思い出を作ってやれたかな、と満足しながら横になった。
ところが。
「貴志君、起きてる?」
五分と経たず、塔子の密やかな声がした。
「はい。どうしましたか?」
「ああ、良かった。あのね、今、多軌さんから電話があったのよ。もう寝てると思ったからそう言ったら、じゃあ、結構ですって言って切れたんだけど、ほら、さっき金魚を多軌さんに預けたって言っていたから、もしかしたら急に困ったことにでもなったのかしらって気になって」
「そうですか。ありがとうございます。電話、借りて良いですか?」
「ええ。もちろん」
これは何か不味いことが起きた、と夏目は直感した。寝ている自分を起こしてでも伝えた方が良い、と塔子が判断したというのは、よほどのことだ。
「もしもし。夜分遅く申し訳ありません。夏目と言いますが、透さん……あ、多軌か。どうした?」
「夏目君……あの、大変なことが……ごめんね」
「タキ?」
「こんなことありえないって思うんだけど、でも……」
「タキ、落ち着け。何がどうなった? 金魚が死んだのか?」
「違うの。それだったらまだ……あのね、金魚が……あの金魚が、突然……」
―――目の前で消えたの。