金魚がぽちゃり
塔子には『金魚が死んじゃったらしいんです。それでびっくりしてかけてきたみたいです』と言ってごまかした。
しかし自室に戻るとすぐに身支度し、いつもの通り窓から抜け出した。
「先生」
いくらも行かないうちに、先にある妖怪のところに遣いに行ってもらった先生と合流した。
「三篠、なんて言っていた?」
「白い魚の妖なんて聞いたことがないそうだ。もっともあれの縄張りは沼だからな。井戸や川、海の妖となると知らないこともあるだろう」
「そうか……」
「それにしてもあやつ、妙に美味そうな匂いがしていたが、なるほど妖だったのか、道理で」
「気配でわからなかったのか?」
「そりゃ、あの賑やかさではな、どれがどれの気配だか区別がつかんよ」
「それもそうだな」
祭りなど、人がたくさん集まるところには妖ものもたくさんやってくる。人ごみに紛れて食べ物を失敬したり悪戯をして遊んだり、彼らにとっても楽しいことが多い。
あの場所にも実は、人よりも多いほどの妖怪たちが集まって、思い思いに祭りを楽しんでいた。どれがどの気配かなんて、分からなくても確かに仕方ない。
「けど参ったな、三篠も知らないってなると、相手は皆目検討がつかないってことか」
せめて強いやつか弱いやつか、それだけでもわかると良いのに、と夏目は思う。
あのあと、多軌の会話はかなり支離滅裂だった。
それが、消えるはずの無いものが目の前で消えてしまったショックからくるものなのか、それとも別の理由なのかが分からない。前者だったら良い。とりあえず会って宥めればそれで済む。けれどそうでないとしたら――多軌の身に危険が迫っているのではないか。
「取り憑かれたりしていないだろうな」
「多軌はほとんど妖力がないから、さして興味は持たれんだろう。どうせ取り憑くならなるべく妖力のあるものに、と大抵の妖ものなら考えるだろうから」
「だったら良いけれど……って、誰だ!」
突然後ろから何者かに圧し掛かられた気がして、夏目は派手につんのめった。
「今度は何に首を突っ込んだ? 夏目」
「……なんだヒノエか」
「なんだとはなんだ。猫だるま。三篠が『夏目殿がなにやらまた厄介ごとに首を突っ込んだらしい』というからわざわざ来てやったというのに」
「ありがとう。助かる」
夏目の足が一段と速くなった。
胸騒ぎがする。
三篠がヒノエに言ったのは、たぶんそれだけではない。分からないなりになんとなく、イヤなものを感じたのだ。それだからこそヒノエも飛んできてくれたに違いない。
どうしよう。多軌にとんでないものを預けてしまったのだとしたら……
「タキ……!」
多軌の家の門前に人影を見たときは、だからホッとした。てっきり多軌が自分が来るのを待っていたのだと思ったからだ。
だが。
「お待ち」
ヒノエに腕をつかまれた。
「どうした?」
ニャンコ先生の問いに答えず、ヒノエはとても厳しい顔で多軌らしき女性の姿を見つめる。
「あの娘は、夏目の友達かい?」
「ああ。同級生だよ。多軌っていうんだ」
「違うだろう」
「え?」
「よく見てご覧。本当にタキって娘かい?」
慌てて視線を再び向ける。目鼻立ちは確かに多軌だ。でも言われて見ると確かにどことなくおかしい。少し背が高い気がする。それに。
「……変だな」
服装に違和感があった。
夏祭りに着ていたのは紺地に露草と蛍の柄の浴衣だった。今も浴衣だがその色柄は祭りのときとは違っている。白地に細かく波の様な、あまり見かけたことの無い模様が一面に描かれているのだ。
「あんな柄の浴衣じゃなかった気がする。でも着替えたって可能性も……」
「いいや、違う。あれはあいつが人に化けるときに、好んで着る柄でねえ。ふふ、他のものは騙せても、私は無理だよ―――ミズノエ」