二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
赤根ふくろう
赤根ふくろう
novelistID. 36606
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

金魚がぽちゃり

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「おやまあ。誰かと思えばヒノエじゃないか。何年ぶりかね。最後に会ったときは確か……何とかいう侍を追いかけて死ぬの殺すの大騒ぎしていて、挨拶もろくにしやがらなかったっけ」
多軌に良く似た姿の女性が声を上げた。声も多軌に似ている。そっくりだ。でも口ぶりが違う。多軌がこんな尊大なものの言い方をするなんて聞いた事が無い。しかもどうもヒノエとは相当に親しい仲だったようだ。
「さあ。忘れたねえ、そんな昔のことは」
「相変わらず愛想の無いやつだ。それでもまだ、男の尻を追い掛け回しているのかい?」
「お生憎様、あれから男はこりごりですっぱり遊びはやめちまったよ……まあ一人くらいは慰みに残してあるがね」
「おやまあ。ヒノエの口からそんな言葉が出るとは、今年は真夏に雪が降るんじゃないかえ?」
「そういうお前は、相変わらずだねえ。女に化けちゃあ男を誑かして、一体どれだけ食い散らかしたことか。行儀の悪いこった」
「げ……」
思わず一歩後ずさった夏目に、多軌に似た女妖はニマッと笑う。
「その男かい、今のあんたの情夫(いろ)は」
「ああ、そうさ。ちょっともやしだが、なかなかいい男だろう?」
「違うぞ!」
スリスリと頬を撫で得意げにひけらかすヒノエについ反論してしまう。
「俺は別に誰のものでも……」
「シッ! そういうことにしておきな。でないとあいつに食い殺されるよ」
ヒノエが耳元で素早く囁く。
「早くお逃げ。私が食い止めているうちに」
「そんなに危ないヤツなのか」
驚く夏目に、今度はニャンコ先生が。
「ミズノエか。確かに危険だな」
「知ってるのか、先生?」
ヒノエがミズノエと、前の男がどうのこうのと再び口論を始めたのを見て、小声で尋ねる。
「話は聞いたことがある。なんでも年を経た魚の妖怪で、良い男を見つけるとその相手の女―――妻とか側室とか、まあそういう女のことだが―――そいつに取り憑いて成り代わり、手練手管で男を骨抜きにする。そうしてすっかり油断したところを頭からバリバリとやるらしい」
「あ、頭からバリバリ……」
「多軌の形(なり)をした女がお前を頭から食らうのは、なかなか面白い光景だろうな」
「……もちろんそんなことにはならないよな。用心棒がついているんだから」
「ふん。かわいげのない。私を誰だと思っている。お前を守るくらい何とでもなる……が、言っておくが多軌は助けられんぞ」
「え? なぜだ?」
「取り憑いた妖ものを引き剥がすのが困難なことくらい、いい加減承知しておるだろう?」
「それは知ってるけど。でも方法くらい、何かあるだろう?」
「無いな。ミズノエを離す唯一の方法は口吸いなのだ」
「口吸い?」
「やれやれ、夏目。お前そんなことでこの先どうする気だ? 口吸いといえば接吻、ベーゼ、キッスのことに決まっておるだろう」
「キ、キス……! なっ、なんでそんなエロいことで……」
「ミズノエの弱点は口なのだ。口から取り憑かれた者の正気を引き出されると、憑いていられなくなるそうだ。だが口をつけたら途端に食われてしまうだろう? だから多軌は助けられん、と言ったのだ」
「いや。だったらやりようはある……先生、頼むぞ」
「なに? ちょっと待て夏目、お前いったい何を頼むと……」
慌てて引きとめようとした先生を残し、夏目はスタスタとミズノエに近づく。そして。
「―――その子から離れてくれ、ミズノエ。俺を食うなら食っても良いから」
と、声をかけた。
ぎゃあぎゃあと言い争っていたヒノエとミズノエは、同時に夏目を振り向いた。
「ナツメ……お前、今、何て?」
「ふふふ、ヒノエ、どうだね。私の方が様子が良いとよ」
多軌の姿の女妖は仰け反って腹を抱え、げらげらと笑う。そのふざけた様を厳しく見つめ、夏目はもう一度口を開く。
「勘違いをするな。俺はただ、何が何でもその子から離れてもらいたいだけだ。口から正気を吸い出せば良いんだろう? なら、来い。相手になってやる」
夏目は精一杯の気迫を込めてミズノエを睨むと静かに目を閉じた。
「あっはっはっは! こりゃ驚いた。ひょっとしてこの娘に惚れてたか?それにしたっていい度胸じゃないか。こりゃあヒノエ、あんたにゃもったいない。やはり私が頂くとしよう」
ミズノエはひょい、と袖を翻すと軽々と跳躍し、一跳びで夏目の前に降り立った。ナツメ!とヒノエが悲鳴を上げた。目を閉じたままの夏目にはその様子は見えなかったが、水の匂いが濃く漂い、唇に冷たく柔らかいものが触れたのがわかった。
と、夏目はすかさず口を開き、ちゅ、と吸い付いた。
キスなんてものをしたことはない。やり方が正しいかどうかわからない。だが多軌の未来が掛かっている。失敗すれば多軌はこの先ずっと妖怪に支配され、男を食い殺す恐ろしい運命を背負わされる。ならば負けるわけには行かない、と腹に力を込める。
すると慌てたように妖怪が暴れる。何かに慌てふためいているようだ。夏目は更に気を強くした。離れようとするミズノエの肩を掴み、抱き込んで一心に唇を吸い続ける。口内を探り、蠢く舌を絡め、強く陰圧をかける。ミズノエはさらに激しく暴れる。どうやら苦しいようだ。よし、きっともう少しだ……と思ったときだった。
「うぎゃあっ!」
弾けるような悲鳴とともにミズノエが渾身の力で夏目を突き飛ばした。
同時に何か大きな白いひらひらした姿が空中に舞い上がり、月の表面を横切って消えた。
ふらりと多軌の身体が傾き、崩れるように倒れこんだ。だが危ういところで夏目に抱えられ、地面には叩きつけられずに済んだ。
「多軌! 多軌、大丈夫か! おい!」
気を失っている頬をピタピタと叩き、必死で呼びかける。目を閉じた多軌はぐったりと生気が無い。もしや、正気を吸い出すことに失敗してしまったのか、と夏目は焦る。
「どれ、診てやろう」
ヒノエがつい、と多軌の手を取り脈を診た。顔を近づけて呼吸も確かめる。そして。
「大丈夫。少し疲れているだけだ、今夜一晩ゆっくり休めば元に戻るだろうよ」
「そうか、良かった……本当に良かった!」
「馬鹿をお言いでないよ!」
ゴツン、とヒノエの手から煙管が伸びて夏目の頭を思い切り叩く。
「良かった、だ? こっちは寿命が縮んだよ! 斑があいつのヒレに噛み付いて動きを封じなかったら、今頃お前の食い散らかされた骸がここに横たわっていただろうよ」
「ああ……そうだな。ありがとう、先生」
不機嫌そうにヒノエの説教を聞いていた斑の鼻先に、夏目の手が触れる。
「ふん。お前の阿呆に付き合うのもいい加減疲れた。二度は無いぞ。自重しろ」
「……すまなかった。気をつける」
けどそうやって助けてくれたってことは、結局のところ先生だって多軌を助けてやりたかったんだろう? ―――喉まで出掛かったその言葉を飲み込んで、夏目は多軌を部屋に帰してやろうと、多軌家の門をくぐって足早に消えていった。
作品名:金魚がぽちゃり 作家名:赤根ふくろう