君影
「あなたは、強いのね」
小さく微笑んで、「関羽」がそう言った。関羽はゆっくり首を横に振る。
「強くなんてないわ。わたしも、貴女と同じだもの。同じ弱さを持ってる……」
「弱いと感じられるのも、強さのうちよ」
「なら、貴女も強くなれるわ」
「関羽」は表情を変えない。否定も肯定もしなかった。強くなろうと、思ってくれただろうか。
蝋燭が危なげに揺れている。「関羽」は残り僅かな蝋燭の芯を見ると、時間だわ、と呟いた。
「時間?」
「あの蝋燭が消えれば、あの人はここに来るの。あなたも、もう、行ったほうがいいわ」
だから蝋燭を気にしていたのか。きっとあの蝋燭が消えたとき、この夢も終わるだろう。最後に関羽は、いちばん聞きたかったことを訊いた。
「……ねえ、貴女の名前を、教えてくれる?」
「え? あなたは知っているんじゃないの?」
「貴女の口から聞きたいの」
意識的に目に力を込めて、貴女の、と強調する。「関羽」はやっぱりどこか不思議そうにしていたが、声に出して答えてくれた。
「……関羽よ。わたしの名前」
「…………」
彼女は自分だ。でもわたしじゃない。関羽が深く息を吸ったところで、彼女が小さい笑みを唇に浮かべた。今日見た中で、いちばん人間らしい笑みだった。その瞳はどこか遠くを見るようで――まるで、過去を思い返しているようだった。
「前のことはよく覚えていないけれど、でも、ひとつだけ。良い名だと、昔誰かが言ってくれたことがあるの。それだけは、よく覚えてるわ」
関羽は目を見開いた。最後の焔を揺らして、蝋燭が消える。辺りが闇に包まれ、関羽は夢の終わりを知った。夢の終わりに、よく知った足音が聞こえた気がした。