君影
「関羽」の目が見開かれる。この関羽の驚いた顔は、初めて見た。関羽は必死の思いで、傍らに立つ「関羽」に言葉を向ける。体の震えは、いつの間にか止まっていた。
「わたしの、なまえ……どうして……」
「曹操も、本心ではこんなこと望んでいないわ。ちゃんと話して頂戴、彼と。こんなところにじっとうずくまっている、そんなのはわたしの望みじゃない」
「それはあなたの、でしょう……?」
「違うわ。わたしは貴女。貴女は、わたしなの」
「…………」
「関羽」は黙りこくってしまう。突然こんなことを言われれば、混乱して当然だ。しかも自分自身を見ることさえない、こんなぬるま湯の中にずっといたのでは、余計に。でもだからこそ、と関羽は思う。ある意味でまっさらな今の彼女に、この現実を伝えられたら。
「関羽……」
「……そうやって、呼ばれるのは、久しぶりな気がするわ」
曹操にも、呼ばれていないのだろうか。それとも聞こえていないだけ?
「貴女は? 彼の名前を呼んだことがある?」
「ええ……、……いいえ、わからないわ」
「彼ともう一度向き合って。曹操の瞳を見つめて。その中に、あなたがいるわ。わたしがいる」
「…………」
あらゆることから目を逸らしたから、この「関羽」は鳥籠の鳥になってしまった。ちっぽけな自分に、何ができるかなど知らない。夢の中の存在に、どうしてこんなにも必死になるのかなどわからない。
鏡に移った像のように、わたしたちはとてもよく似ているけれど、同じ存在ではない。同じ存在ではないけれど、わたしたちは同じなのだ。
関羽の未来にも、同じことが起こるかもしれない。曹操の心がまた壊れかけたとき、わたしをこんな風に閉じこめようとするかもしれない。関羽だって、いつ何を失うかも知れないのだ。その時に、心をなくしてしまうかもしれない。
(でも、そんな未来、わたしが許さないわ)
自分を見失うのが曹操でも、関羽自身であっても、ぜったいに取り戻してみせる。それを証明したいのかもしれなかった。ふたりなら大丈夫だと、あれだけの困難を乗り越えたのだから、きっと平気だと。自分が誰より信じたいのかもしれない。