君影
一体誰のことなのだろう。疑問に思って関羽は繰り返したが、「関羽」はこくりと頷くだけだった。それ以上話す気はないらしい。仕方なくあきらめ、関羽はもうひとつ気になっていることを尋ねてみた。
「ねえ、あの子は……?」
「あの子……?」
「そこの寝台に眠っている子よ。黒髪の……」
「関羽」はなぜか、しばらくぼんやりした顔をしていた。数秒の後やっと、ああ、という顔になる。口元の淡い笑みが、一瞬だけ深いものになった。同時に瞳に何かがよぎる。ひらめいた光に、関羽は不安を掻き立てられた。理由は知らない。ただ、何かがおかしいと、そればかり思っていた。
さら、と衣擦れの音がして、「関羽」が動いた。ひらりと袖が揺れる。「関羽」は寝台の傍らに立つと、愛おしげな目で黒髪の幼子を見下ろす。白い手が伸びて、幼子の頭をそっと撫でると、たっぷりした袖が僅かにめくれて手首が顕わになった。何気なくその手に目が行き、関羽は慌てて視線を逸らした。手首に残る、赤い痕。今でこそ関羽も、その意味を知っている。初めてされた時にはそれは驚いたが、その痕はどこか甘い痺れを伴うことも知っていた。
「綺麗な子ね」
赤面しそうになるのを誤魔化そうとして、関羽はそれだけ言った。どこか慌てた関羽の様子には構うこともなく、「関羽」は口元に弧を描いた。
「ありがとう。でも本当は、もっと明るい色の髪なの」
「え? ここが暗いからかしら。本当は茶色とかなの?」
「いいえ、そうじゃないわ。この子は黒。でも昔はもっと、もっと綺麗な色だったの」
「昔……?」
昔どころか、こんな幼子に過去も何もないだろう。怪訝に思った瞬間だった。
「劉備のほんとうの色は、白色なのよ。わたしたちの中でたった一人」
「え…………」
劉備。白。わたしたちの中で、たった一人。関羽の頭に浮かぶのはたった一人だけだ。猫族の長の、関羽が大事に大事にしてきた、あの劉備。