君影
劉備。白。わたしたちの中で、たった一人。関羽の頭に浮かぶのはたった一人だけだ。猫族の長の、関羽が大事に大事にしてきた、あの劉備。
頭がくらくらした。彼女はたった今、「昔」は白だったと言った。つまり彼女の言う「昔」の劉備は、関羽も知っている劉備に違いない。白色を持つ猫族は少ない。けれど関羽が知る劉備は、過去の存在でもなんでもなく、今を生きている。
そしてどう見ても、この幼子は劉備ではありえない。劉備であるはずがない。それなのに「関羽」はこの子を劉備と呼ぶ。なぜ?
「待……って。この子はいったい……」
「わたしの子よ。だからこの子は、わたしの劉備」
わたしのこ。だからこのこは、わたしのりゅうび。
聞き間違いかと思った。頭が追いつかない。そのくせ考えることを止めない関羽の頭は、ここで交わした「関羽」との会話、そして自身のある過去を思い出し、同時に恐ろしい予測を弾き出してしまった。まさか。震えそうになる声をなんとか押し込めて――成功していたかは知らないが――関羽は問うた。
「……教えて、貰えないかしら」
「何を?」
「この子の父親は、誰? それに貴女が言った、あの人って、まさか」
正直、答えて欲しいと思えなかった。予想が外れていてほしいと、こんなに願うことなどあっただろうか。
けれど関羽の願い空しく、「関羽」は答えを告げる。関羽が否定してほしいと思いながらも予測した、そのままの答えを。
「曹操よ。だって、ここにやって来る男の人は、彼だけだから」
目の前が、真っ暗になった。