君影
関羽はいつかの日を思い出す。何故自分はいきなり監視をつけられるような羽目になったのか、あれだけ曹操は自分の武を望んでいたのに、急に戦場から遠ざけられたのはどうしてか。その理由を知ったときは、とても驚いた。何故なら曹操には関羽たちのような耳がなかったから。混血なのだと、自分と同じ存在なのだと知れば、確かに嬉しくも思った。混血という存在は、それまでたったひとりきりだったから。
でもそれでは、それだけなのは嫌だったのだ。互いに言葉が足りなかったことは認める。でもあの時は関羽も必死だった。だから関羽は一時曹操から逃げた。
――貴人のように美しく豪華に着飾った、あの仮初めの祝言の日に。
「…………」
どうして気がつかなかったのだろう。色合いも意匠も多少異なってはいるけれど、「関羽」が着ているのはあの時の着物と、とても良く似ているのに。それにあの子供。白でないのは当然だ。何故なら父親は、あの美しい黒髪のひと。そして母親は、「関羽」。
「顔が真っ青よ……具合が悪いの? どうか座って」
「関羽」に肩をそっと抱かれ、されるがままになって関羽は寝台に腰掛ける。ちら、と関羽はそれに視線を落とした。
(ああ、そんな……。似ているのも当然なんだわ。ここは、曹操の部屋なのだから!)
うるさくないけれど精緻な装飾。流れる甘い香り。それは過去、曹操が眠れないと悩んでいたとき、部屋に焚いていたものではないか。そして目の前の、同じ顔をした女の人。すべて関羽も知っていた。とても恐ろしかったけれど、もはや見て見ぬ振りは出来ない。関羽はゆっくり口を開いた。