君影
「貴女は、ここに……いつからいるの」
「いつからかしら……。覚えていないわ」
「り……、あの子が生まれたのは、いつ?」
「だいぶ前よ」
「あの子が生まれる前、貴女はどうしていたの」
ここは檻だ。「関羽」という、彼にとって希少で貴重な獣を閉じこめる檻。関羽なら何としても逃げ出しているだろう。けれどここの関羽はそうしていない。それどころか、甘んじて受け入れているようにすら見える。何か理由が、あるはずだ。
彼女が関羽と同じなら。
「何も。ただ、失ったの」
「失った? 一体何を……」
「すべてを。わたしのすべてだったひとたちを。でももう、よく覚えてないわ。思い出そうとしても、赤い色しか浮かばないから」
すべてを失った。きっとその時、本当の劉備も失ったのだろう。それは経験していない関羽でさえ、ぞっとしない仮説ではあったけれど、関羽は無理矢理に冷静な思考を保とうとした。
(だから自分の子に、劉備と名付けた……?)
それでもまだ、違和感は残る。本当にこの子の名前は、「劉備」なのだろうか。まさか曹操が、劉の名を冠した子を許すとも思えない。
「関羽」はまた蝋燭にちらりと視線をやり、淡々とした口調で続けた。
「気づいたらここにいたわ。それ以来、ここから出たことはないと思う」
「曹操が、貴女をここに閉じこめたの」
「あの人が? どうかしら……わからない。出たいと言えば、出してくれるかもしれないけれど」
「出たいとは、もう、思わないの?」
「関羽」は小首を傾げた。どう答えるのかを考えているようにも、どうしてそんなことを聞くのか不思議に思っているようにも、見えた。
「外のことは、よくわからないわ。今はここが、わたしのすべて。曹操がわたしにくれた劉備と、わたしと、彼だけがいる」
「貴女はそれで、幸せなの?」
「しあわせ。だってここには、悲しいことも怖いことも、何かを失うこともないから」