黒と白の狭間でみつけたもの (12)
トウコの言葉に、テリムとヒヤリンが浮かれて踊り出した! 待ちに待っていた、旅の再開がよっぽど嬉しいみたい。
そんな2匹のテンションについていけないのか、顔を見上げてぽつんとしているタッくんに、トウコは屈みこんで、声を掛けた。
「タッくんも、今まで待っててくれてありがとうね! 今日はもっと大きな海をみせてあげる!だから、そろそろ元気出してね!」
そう言って微笑むと、ようやくタッくんもにっこりと笑った。
ボールを差し出すと、テリムとヒヤリンは、待っていましたとばかりに飛び込んだが、タッくんは表情を硬くして、首を横に振った。
「タッくん?」
トウコが問いかけても、タッくんは首を横に振る。やっぱりあれから様子は変だ。ヒウンタウンまでは距離があるし、少しでも楽なようにと思ってのことだったが、嫌がるタッくんに強制はしたくない。
困ったトウコの様子を感じ取ってか、タッくんはトウコをじっと見つめた。顔色を伺っているのだとわかって、トウコはタッくんの頭をなでた。
「気にしなくていいんだよ。行こう、タッくん」
トウコはそう言って、手を差しだした。
タッくんは、少し迷いながらトウコの顔を伺い、ようやく手を握った。
荷物を整えて肩に掛けると、トウコはタッくんと手をつないでリビングに降りた。
リビングではすでに、アロエさんと、キダチさんが、朝食を着くって待っていてくれた。
「おはようございます! アロエさん、キダチさん」
「おはようトウコ! タッくんもね!」
アロエの声に驚いて、タッくんはびくりとして、トウコの手を強く握った。
「おはようトウコさん、足の具合はもういいですか?」
キダチさんが言った。昨日、医者から旅の許可がやっとでたばかりだから、心配してくれているみたいだった。
「はい、もうすっかり調子がいいです!」
キダチさんの優しさが嬉しかった。
「良くなったって、昨日やっと旅の許可が出たんだ。あんまり無理をするんじゃないよ! ほら、朝ご飯は出来てるよ。早くお上がり」
「はーい」
心配してくれているアロエさんの気持ちも嬉しかった。
椅子に腰かけると、いつもより豪華な朝食が並んでいた。トウコが好きだった卵焼きや、甘いフルーツまである。
「すごーい!アロエさん、朝からこんなに作ってくれたの!?」
トウコが目を輝かせていると、アロエが照れくさそうに言った。
「旅先だと、あんまりろくなもの食べられないだろう? せめてここでは、しっかり食べてもらおうと思ってね!」
「いただきます!」
トウコが美味しそうに食べ始めたのを見て、アロエはにっこりと微笑んだ。
側でじっとみているジャノビーに声を掛ける。
「食べたければ、アンタのもあるよ」
「ジャジャッ!?」
アロエに声を掛けられたのに驚いて、部屋を逃げ出すように駆けだしていってしまった。行き先は多分、トウコが使わせてもらっていた1階の部屋だろう。
その様子を見て、アロエはため息をついた。
「なんだかねぇ…。 全く治らないねぇ、あの子は。トウコは心当たりないのかい?」
「うーん……私の知る限りは…。モンスターボールにも入りたがらなかったし、旅が嫌になっちゃったのかな…」
それだけが心配だ。嫌なら、無理に連れ回したくもない。
「それはないだろうさ。 あの子はトウコの側を離れないんだ。一緒にいたいはずだよ。少し、時間を掛けて様子をみてやるしかないかもねぇ…」
「そうですよね。 ただ、タッくんを傷つけるようなことはしたくないです。今はバトルに参加させない方がいいんじゃないかって悩んでます」
ヒウンシティのヒウンジム。普段のバトル好きのタッくんが喜びそうなところだけれど、今の様子じゃ心配だ。
「そうだねぇ、それがいいのかもしれないね…」
「焦らず、相手のタイミングにまかせてしまう方が、良いときもあります。きっと、トウコさんといる内に、また心を開いてくれるようになりますよ」
キダチさんが言った。
「そうですね。 ありがとう、アロエさん、キダチさん」
たくさんある、豪華な朝食を平らげると、トウコは1階の部屋の隅で座り込んでいた、タッくんを迎えに行った。
手をさしのべると、タッくんは、黙ってトウコの手を握った。
きっと理由があるはず。
それがわかるまで、トウコは聞きたい気持ちを押し込めることに決めた。
手をつないで、一緒に玄関まで歩く。
靴ひもをきつく締め直すトウコを、タッくんは側で黙ってみていた。
足首を上下に動かと、まだぎこちない気もしたが、痛みは全くなかった。
「もう行くのかい?」
玄関まで見送りにきた、アロエが言った。
側にはキダチさんも立っている。
「うん、チェレンもベルも、先に行っちゃったし、そろそろ巻き返さないと」
「寂しくなるねぇ…。アンタいてくれたおかげで、随分家の中が賑やかだったのに」
そう言ったアロエさんを振り返りみると、アロエさんは目にうっすらと涙を浮かべていた。
本当に優しい人。
食事から、洗濯、怪我の看病まで、何から何までお世話になってしまった。
別れるのが名残惜しい。
別れることはわかっていたはずなのに、トウコも目に涙が浮かんだ。
「本当にお世話になりました」
立ち上がり、お礼を言うトウコをアロエが抱きしめた。
「元気でやるんだよ!いつでも遊びにおいで!」
「ありがとう、アロエさん」
トウコも抱きしめ返す。
側でにっこりと微笑んでいるキダチさんをみて、トウコも微笑んだ。
「また、近くに来たら必ず寄りますね! いってきます!」
「いってらっしゃい!」
アロエとキダチに見送られながら、トウコはシッポウシティを出発した。
再開された旅は、はじめてここに来たときとは違って、まるで故郷を離れるような後ろ髪ひかれる思いだった。
きっとまたここに来よう。
そう決めて、側にいるタッくんと手をつなぐと、まっすぐと歩いた。
温かい日差しが降り注ぐ、ヤグルマの森に足を踏み入れた。
たった一週間ほど前の出来事が、嘘のように明るい森だった。
緑豊かな森の中から、ポケモン達の明るい声が聞こえる。あの森のルートの入り口も、トウコが入ったときとは全く違う表情をしていた。
草むらが生えている場所は、ひだまりになっているし、生い茂る木々の木漏れ日も優しい。この道が、あの日進んだ暗くて恐かった道だとは思えないくらいだ。
アララギ博士に頼まれた、ポケモン図鑑の完成を考えると、このまま森のルートをやり直す方が、たくさんのポケモンのデータが集まって、いいのだろうけれど、トウコはまっすぐ舗装された道を進んだ。
足が本調子じゃないのだから、森に入るなとアロエさんにきつく言われていたのもあるけれど、それよりも、側にいるタッくんが心配だったからだ。
森に入ればトレーナーも多い。野生ポケモンも出てくる。
タッくんのことだから、無理に戦おうとするかもしれない。それで、不安定な状態のタッくんが傷つくのが嫌だった。
まっすぐ進めばバトルも少ない。
森の先のゲートまでは少し道のりがあったけれど、目で見える距離。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (12) 作家名:アズール湊