黒と白の狭間でみつけたもの (12)
そこでタッくんたちに、アイスを食べさせてあげようと思っていたのに、どの道に入って曲がるのか迷った。
スーツを着こんだ社会人が、大きな通りをせかせかと歩き、忙しそうにビル街に入っていく。それとは逆に、団代の観光客はガイドに連れられながら、乗客船のある港へと歩いていく。
人の流れに圧倒されながら、見慣れない街と、人の多さに気圧されて、トウコは歩き始めて早々に、道の真ん中で立ち止まってしまった。
「うわ~……」
どこが、どこやら、わからない。
地図をみようと、鞄に手を伸ばした。
「邪魔だよ!」
ドンと肩にぶつかって、サラリーマンが駆けていった。
すみませんと謝る前に、男の人は遠くなっていく。周りを見渡していると、何人もがトウコを邪魔そうに避けて歩いていくのを見て、慌ててタッくんの手を引きながら、道の外側に逸れた。
港近くにあった花壇の縁に腰かける。
そしてため息をついた。
うわ~……こういう場所、苦手かも。
軽いカルチャーショックを起こしたようだった。
今までの街と比べものにならないくらいの人混みに、目が回る。人に酔うとはこういう事なのかと実感した。
始めからこんなでどうしよう……。
「ジャジャピー?」
「大丈夫よ、ありがとうタッくん。ちょっと人混みに酔ったみたい」
このままじゃ、タッくんまで困らせちゃう。
とりあえず、人混みに戸惑い混乱している頭を落ち着けようと、トウコは海側の遊覧船乗り場へ行ってみることにした。
海側は、街中とは正反対に落ち着いていた。
海風に当たって、ベンチで休みながら読書をしている人もいる。
ゆらりゆらりと揺れる青い海の水面にほっとした。
トウコも空いていたベンチに腰かけた。
地図を開いてじっとみる。
頭ですぐに覚えられそうもない。だからといって、地図をみて道で立ち止まろうものなら、下手すれば突き飛ばされるかもしれない。
地図を見ると、ビル群はいっけん迷路のような道に見えるけれど、広い道路はすべて奥にある公園に続いていることがわかった。
とりあえず迷ったら大きな道に出て、先に進みさえすれば、公園で休めそうだと安心する。
アーティさんと戦うのはまだ先だろうけれど、ヒウンジムは街の一番端のビルの間にあるのを確認した。
何かあったときに、道を教えてもらおうかとも考えたが、ここまで簡単にたどりつける自信がない。
一気に不安になった。
もっと都会に着いたら楽しいものだと思っていた。
カノコタウンは好きだけど、田舎の中の田舎だったし、テレビドラマをみていても、CMを見ていても、よく映るのは綺麗な都会で、ずっと憧れだったのに。
思っていた想像と違った。
今までの町は、どこを歩いたって、みんな話しかけやすい雰囲気を持っていた。
なのに、この街と来たら、みんな厳しい顔して歩いているから、話しかけにくいし、むしろ話しかける人の方がどうかしているような空気だ。
歩く早さもせかせかして、異様に速いし、みんな自分のことしか考えていないみたい。
都会の人ってこんなに冷かったの? もっと優しいものだと思っていたのに。
とりあえず、情報収集をしよう!
近くのポケモンセンターに行けば、他にもトレーナーがいるし、きっとヒウンアイスのお店もわかるはずだ。
「よーし!行くわよ!」
そう言って、トウコは立ち上がったが、船着き場の境まで歩いたところで、どうしてもそこで立ち止まってしまった。
街との境界線。
朝だからなのか、いつもこうなのかはわからないけれど、すごい人の波。
どうやってこの流れに乗ればいいの?
ポケモンセンターまでは、目と鼻の先なのに、まっすぐ突っ切る方法がわからない。
人の流れが途切れたところで、入ろうとするが躊躇している間に、また人の流れが増える。
「ジャノ!」
タッくんが励ますように声を掛けてくれた。
大丈夫!いけるわ!
人の流れが途切れた!
トウコはタッくんの手をつなぎ直すと、思い切って足を一歩踏み出した!
隙間にひょいと入り込む。
ぶつかってくる人もいない! うまくできたんだ!
そう感激している時、ポケモンセンターの扉が開き、大勢の団体客が出てきた!
「はーい!では、お次は写真撮影に最適な、港へとご案内します!」
観光事業独特の、甲高い声をしたお姉さんが、目印の旗を掲げながら、まっすぐトウコ達に向かって歩いてくる!
え!? なんでポケモンセンターに団体客が!
そう思ったときには、どこにも逃げ場がなかった!
まさか、海外からの客!? そうか、世界を回りながら勝負をする人もいるし、ポケモンセンターに入ったっておかしくない!
そんなことを考えている間に、トウコ達は、前からやってきた団体客と、それをよけながらうまく歩いていく、街路の雑踏にもみくちゃになった。
押し流されるように、元いた港の場所まで戻される。
その時、タッくんの手を握っていた腕が引っぱられた!
つないでいた手がぷっつりと切れる。
あっと思ったときには、トウコは船着き場の方へと、タッくんはその反対側の街へと流されていた。
「や!ちょっと、戻して!」
人の流れに逆らえば、逆らうほど、トウコは後ろへ流された。
「ジャジャー!!」
タッくんの姿が見えなくなる!
「タッくん!」
手を伸ばしたが、もう届かない。
雑踏の中に巻き込まれていく。
ようやく、人の流れが止まったとき、トウコは船着き場の外国船乗り場にいた。
船のチケットを確認する船員が、トウコを不審者を見るような目で見てきた。
好きでこんな場所にきたんじゃないわよ!
そう思いながら、トウコは急いでさっきの場所まで走った。
船着き場と街の道路の境には、タッくんの姿は見当たらなかった。人混みの中を注意深くみるが、何もわからない。
「タッくん! いる? いたら返事して!!」
声は聞こえない。
「タッくん! タッくん!」
何度も叫ぶが、何の声もしない。雑踏の人達は、不思議そうにトウコのことをみるばかりだ。
もしかしたら、ポケモンセンターの中に押されたんじゃ!
そう思って、ポケモンセンターまで走り込んだ。
自動ドアを開け、中に入り辺りを見渡したが、タッくんは見当たらない。
「すみません、ジャノビーを見かけてないですか?」
「さぁ?」
「わからないわ」
ポケモンセンターの中にいた、トレーナーや受付の看護師に声を掛けたがわからなかった。
ここにいないってことは、街中だ。
青ざめるトウコに、あるトレーナーが言った。
「もしかして、迷子? 気をつけた方がいいよ、最近この街でポケモンを盗まれる事件が多いらしいんだ」
嘘!?
この雑踏の中、見つけるのは時間がかかると思う。
その間に、タッくんに何かあったら!?
考えるだけで恐ろしかった。
トウコは急いでポケモンセンターを飛び出した!
先程、別れ離れになってしまった港の側で、鼻の良いテリムをボールから出す。
状況を知ったテリムが、雑踏の側で匂いを嗅ぎ始めたが、何度か鼻をぴくぴくと動かして、トウコを振り返った。
困った表情、何とも言えないような目をしている…。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (12) 作家名:アズール湊