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凌霄花 《第三章 身を尽くしても …》

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<02> 貴女はどこに……



「……どこを探せばいい?」

 考え無しに飛び出したが、はたと我に返った。
内蔵助が江戸に居る間は、仕事に穴を開けられない。
 しかし、それ以上に大きい理由があった。

『早苗』は表向き、水戸の佐々木家にいる事になっている。
よって探すのは『渥美格之進』
いくら国元の平居に守ってもらえているとはいえ、水戸と江戸表では勝手が違う。
『彼』を探せば疑われる。
『脱藩』の疑いが掛かる。
 ……命の保証が無くなる。

 助三郎は深呼吸すると気持ちを切り替えることにした。

「家に帰って無いのは何か訳があるからだ。絶対、ここに帰って来る。旦那が信じなくて、誰が信じる!」

 気丈に自分に言い聞かせると、役宅へと戻った。


 しかし、一人布団の中で彼はまだ考えていた。
 水戸に居ないのであれば、江戸ではないだろうか。
そう思い、江戸にある心当たりの場所を思い浮かべた。
 友の家、親戚の家、考えれば結構な数があった。 
 時間をどうにか見つけてそこへ行ってみようと心に決めると、その晩は眠りについた。





 次の日、助三郎は心当たりの場所に足を運ぶのではなく、本所にいた。
赤穂方の数名が、吉良の引っ越し先の偵察に来ていたからだ。
 彼らは目立たぬよう笠を被り、遠巻きに屋敷を眺めていた。
 そんな彼らに助三郎が眼を光らせている隣で、弥七がおもむろに声を上げた。

「助さん、今門から出てきたあの棟梁、覚えておいたほうがいいですぜ」

「なんで?」

「……吉良様の屋敷に唯一入って仕事をした江戸の大工でさぁ」

 その情報にすぐにピンときた助三郎は男の後ろ姿を眼で追った。

「……赤穂方も接触を試みるに違いない。要注意だな」

 しかし、弥七が言いたいことはまだあった。

「それに、早苗さんと仲良いみたいなんでね」

「……え? 早苗と?」

 驚く助三郎だったが、弥七はそれ以上何も言わなかった。

 日も高くなるころ、赤穂方の侍は次第に数が減っていった。
助三郎の集中も切れ始めた。
 先ほどの弥七の言葉がずっと頭の中で駆け巡り、頭の中は早苗を探すことでいっぱいになっていた。

「……弥七、今日の大石殿の予定は?」

「特に無かったはずですがね」

 その言葉を聞くと助三郎はすぐその場を立ち去る支度をし始めた。

「俺、ちょっと用事あるから、後は任せて良いか?」

「へぇ。どうぞ」

「じゃ、何かあったら連絡くれ」

 助三郎は走るようにその場から去った。 
 弥七はそんな彼の背を眺めて呟いた。

「……なんで俺たちに何も相談しねぇんだい? 早苗さん、居なくなっちまったんだろう?」





 弥七と別れた助三郎は、すぐさま新助の元へ向かった。
顔が広い彼の事、吉良の屋敷の工事に係わった大工を知りたいと言えばすぐにわかる。
 そう思ってのことだった。
 
 案の定、彼はその大工の平兵衛を知っていた。
 彼に付添ってもらい、家を訪ねることにした。

 客間に通され、待っていた二人の前に平兵衛は現れた。

「おう、新助さん、久しぶりだな。わざわざこんなとこまで来るなんて、なんの用事だい?」

「この方が棟梁にちょっと御用があるそうなんで、お連れしました」

「そうかい。はじめまして、平兵衛と申します」

「はじめまして、助三郎と申します……」

 互いに名乗った、しかし『助三郎』の名を聞くなり、彼の眉がピクリと動いた。

「……助三郎? お武家さんか?」

 平兵衛の顔色が変わったことに気付いた新助。
手を伸ばしかけていた茶請けの菓子鉢から、手をすぐにひっこめた。
 
 新助が気を揉み始めた隣で、助三郎は平然と身分を明かした。
 
「水戸藩の者です……」

「……なら、早苗さん知ってるよな?」

 その問いに、助三郎は嬉々として答えた。

「はい、勿論です。早苗は私の妻です」

 しかし、平兵衛は真反対だった。
怒りを抑え、目を見ず言った。
 
「……で、なにしに来た?」

「棟梁が妻と親しくしていると聞き、何か彼女のこと御存じではと……」

「早苗さんがどうかしたのか?」

 早苗が命を落とす寸でのところで助けた彼は、ずっと彼女を気にかけていた。
悩んでないだろうか、泣いてないだろうか……
 そう思い、彼女の身を案じていた。

「実は今、彼女がどこに居るのか、わからなくて……」

 それを耳にした新助は、目を見張った。
彼が最後に彼女を見たのは、クロをお孝に預けに来た時。
 その時行方を眩ますような素振りは、これっぽっちも見当たらなかったのだ。

「……助さん、どういうことですか? 早苗さん、行方不明なんですか?」

 驚く彼を余所に、平兵衛は突然怒声を上げた。

「ちゃんと生きてるだろうな!?」

「え……」

 危機感がない彼に、今まで抑えていた怒りが爆発した。

「早苗さんの生死も分からないで、よくものこのこと来やがったな!? とっとと帰れ!」

「棟梁、お願いです、どんなことでもいいので、なにか早苗の事を……」

「黙れ! 勝手に家出て、女作って、早苗さん泣かせて、殺しかけて、いまさら何の用だ!?」

「……え?」

 何を言われているのかわからない助三郎。茫然としていた。
 それが平兵衛の怒りを増長させた。

「自覚がねぇのか!? 最低な野郎だな! もういい。絶対に教えん! 帰れ!」

「待ってください! 何か勘違いされてます! 話を聞いてください!」

 助三郎は頭を下げた。
それは武士にはあるまじき行為。
 しかし、彼は成り振り構ってなど居られなかった。
 そんな彼を平兵衛は思いっきり蹴飛ばした。

「抜かしやがれ!」
 
 助三郎が吹っ飛び、襖が倒れ破れた。
 騒ぎを聞きつけた平兵衛の弟子男二人とお艶が走ってやって来た。
すぐさま男二人は平兵衛を羽交い絞めにし、それ以上の被害が出ないよう必死になった。

「棟梁、落ち着いてください!」

「お嬢さん、お客様を外へ!」




 二人が外へ避難してしばらくすると、お艶がやってきた。
 彼女は助三郎に深々と頭を下げ謝った。

「本当に申し訳ありません。父が無礼な振る舞いを。どうぞお許しください!」

 助三郎は彼女をなだめ、顔を上げさせた。
 
「棟梁は何も悪くはありません。私が悪いんです。誤解されるようなこと、したようですから……」

 お艶は少し迷っていたが、意を決したように言った。
 
「……早苗ちゃんの事、知りたいんですか?」

「はい。なんでもいいんです。何か御存知でしたら……」

「では、うちの中は父があぁですから、向こうの角の茶店で待っててくれますか?」



 少しの後、茶店に現れたお艶の手には、風呂敷包みがあった。
彼女はその包みを解き、中からあるものを取りだした。

「……これ、分かります?」

 助三郎はすぐにそれが何か分かると、彼女の手から奪うように取り上げ、
食い入るように見つめた。

「早苗の着物!」

「そうです……」

「……なぜ貴女が持っているのですか?」
 
 お艶は隠さず彼に早苗のことを話した。
そして、話が終わった後、助三郎は静かに言った。