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凌霄花 《第三章 身を尽くしても …》

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「貴女にすべての真相は言えませんが、これだけは信じてほしい……」

「なんでしょう?」

「私の妻は早苗だけです。しかし、彼女は誤解してしまった。誤解されるようなことをした私が悪いんですが……」

 相当の衝撃を彼は受けていた。
ずっと早苗は大丈夫だと己に言い続けていた。
 しかし、現実は違った。
彼女を絶望させ、命の危機に晒した。
 
 そんな、ひどく打ちひしがれた様子の彼の言葉を、お艶は一応信じたようだった。
 
「……早苗ちゃん、絶対に見つけてあげてください。もう一度、心から笑えるように、してあげてください」

「はい……」

 以前も彼女を傷つけ、笑顔と心を奪った。
 二度としないと誓ったはず。
しかし、どう道を間違えたのか。彼は再び同じ事をしていた。
 
「でも……」

 彼女は続けた。
 
「見つけなかったら、許しません。お武家の殿方は、最低な生き物だと一生思い続けます」

 彼はその痛烈な言葉に、なにも返せなかった。





 日が傾き始めたころ、助三郎と新助は家路に着いた。
しかし、二人の間に会話は無かった。
 二手に分かれるときになって初めて、新助が口を開いた。
 
「助さん」

「……なんだ?」

「助さんのこと、信じていいんですよね?」

 恐る恐る窺う彼に向かって、力無い笑みを浮かべた。
 
「……信じてほしいが、無理だったらいい」

「何があったのか、一から聞かせてくれないんですか?」

「いや、絶対に話す。でも、長くなるから、また今度だ……」

 新助は、それ以上突っ込んで来なかった。
しかし、少し安堵したようだった。

「約束ですよ」

「あぁ。約束だ」





 役宅へと戻った助三郎は、夕食も取らず寝所に引きこもった。
真っ暗な部屋の中で、その日お艶から渡された風呂敷包みを解いた。

「早苗……」

 今、唯一手元にある彼女の物。彼女が着ていた着物。
 それに触れながら、彼は涙した。

「ごめんな、早苗…… お前は何も悪くない。俺が全部間違ってたんだ……」

 彼女を守るつもりが、傷つけた。
 共に生きようと、彼女を救おうした。しかし、結果は残酷だった。

「早苗……」

 彼女の着物を抱きしめ、一人泣き明かした。





 助三郎の朝は遅かった。
昼近くになってようやく身支度をしていると、新助が飛び込んできた。

「助さん! 居ますか!?」

「どうした?」

「お孝ちゃんが、お孝ちゃんが最近早苗さん見るって!」

 聞き捨てならないその言葉に、助三郎は手を止め、新助に詰め寄った。
 
「どこで!? いつ!?」

「……それが、なんでか分からないんですけど、渋って言わないんです」

「……わかった。俺が直に聞きに行く」

 助三郎はすぐさま新助とともに、早苗の手掛かりを探しに出かけた。
 
 
 新助の家に着いた途端、彼は挨拶もせずお孝に詰め寄った。
 
「お孝さん! 聞きたいことがある!」

 彼女の横には先客がいた。
さも迷惑そうに咳払いをすると、助三郎を睨んだ。

「わたしはお邪魔かしら? 佐々木さま?」

「あ、由紀さん、こんにちは。ちょうどいい、由紀さんにも聞いててもらいたい」

「何よいきなり……」

 嫌々ながらも、彼女はその場にとどまり、助三郎の話に耳を傾けた。

「早苗を最近見かけたってほんとか?」

「えっ…… それは……」

 目が泳ぎ、気まずそうな表情を浮かべたお孝。
しかし、助三郎は早苗のことで頭がいっぱい。
 
「お願いだ。どこで見たか教えてくれないか?」

 お孝は、うつむいてしまった。
 そんな彼女に、由紀が冷ややかに声をかけた。
 
「……お孝ちゃん、ほんとに見たとしても、この人に言ったらダメよ」

 不可解なその一言に、助三郎は苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せた。

「……なんでだ? 由紀さん」

 由紀は助三郎を睨んでいた。そして口からは非難が飛び出した。

「未練がましいったらありゃしない。武士のクセに。なんで新しいお嫁さんに満足してないのかしらねぇ」

「……由紀さん、何か勘違いしてないか?」

「笑わせないでよ! 早苗を離縁したんでしょ?」

「は? ちょっと待ってくれ、由紀さん、多分大きな誤解が……」

 誤解が誤解を呼んで、手のつけられないことになっていると改めて気付かされた助三郎。
しかし、彼が反省する暇も、弁明する暇も今は無い。
 由紀は怒りを顕わに、助三郎に喰ってかかった。
 
「言い訳は聞きたくない! 弥生がこの前いきなり来て言ったのよ! 貴方のお嫁さんになって、赤ちゃん産むんだって!」

 それを聞くなり、助三郎は激高した。
 
「あのバカ女! ペラペラ喋りやがったな!」

「ちょっと? なに貶してるの? バカ女って、曲がりなりにも貴方の……」

「バカ女はバカ女だ! それよりお孝さん!」

 今、彼にとって一番大事なのは、早苗の行方。
 由紀を無視し、お孝の前で土下座した。
 
「お願いだ! この通りだ! 教えてくれ!」

 理解不可能な彼の言動に呆れた由紀は、そっぽを向いてしまった。
しかし一方で、彼の土下座が効いたのか、お孝は重い口を開いた。

「早苗さんを久しぶりに見かけたんで、声かけようとしたんです。でも、でも、知らないお侍さまと歩いてたので……」

 助三郎は最期の『侍』という言葉に過敏に反応した。
 
「どんな男だ!? どこで見た!? 何してた!?」

「えっと…… どう説明していいか……」

 助三郎は彼女の説明など待ってはいられなかった。
 
「いや、いい、説明よりもそこに連れて行ってくれ!」

 そう言って立ち上がった彼を、由紀が冷ややかな声で止めた。
 
「……そこへ何しに行くつもりですか? 佐々木さま?」
 
「なにって、早苗を捜しに行くに決まってるだろ!」

 声を張り上げた彼に負けじと、由紀も大声を上げた。

「あの子、もうそのお侍さまの奥さんになってるのよきっと! それをなんで貴方は邪魔するの!?」

「それはない! 絶対無い!」

「どうしてそう言い切れるの!?」

 すさまじい剣幕の由紀と助三郎。
しかし、彼に言い争いをしている暇は無かった。
 
「いい、後で話す! みんな纏めて話す! とにかくお孝さん、早苗を見た場所に連れてってくれ!」





 お孝が最近よく早苗を見かけるという呉服屋の近くで、助三郎は張り込んだ。
文句を言いながらも由紀はお孝と助三郎、そして新助にくっついてきていた。
 そんなにうまく現れるものかと半信半疑で居た一同だったが、しばらくするとお孝が声を上げた。

「あ、来ました!」

 由紀と新助は彼女の指さす方に目を向けたが、すぐに首を傾げた。

「あれって……」

「いや、あれは……」

 お孝は解らなかった。
なぜ、眼の前の早苗を二人は早苗と認めないのか。

「違うんですか?」

「そう、あれはね……」

 お孝に説明しようとした矢先、新助が声を上げた。

「助さん! あれは早苗さんじゃありません! 助さん!」

 助三郎は、ふらふらと歩き出していた。
 耳に、新助の声は届いていなかった。