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凌霄花 《第三章 身を尽くしても …》

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<03> 守る為に



 話は、助三郎が水戸に戻ったころにさかのぼる。
水戸の佐々木家の玄関で彼を出迎えたのは、母の美佳だった。

『お帰りなさい。疲れたでしょう。すぐにお風呂沸かせましょうね』

 久しぶりの我が家。久しぶりに見る母の顔。
 しかし、それでもすぐには癒されないぐらい、彼は疲れていた。
体力的にではなく、精神的に。

 彼がやっと落ち着いたのは、母の手料理を口にした時。
張りつめていた心が緩み、母との会話も弾んだ。
 楽しい夕餉を終えた後、助三郎は今回水戸に戻った理由を告げた。

『叔父上がまた面倒な事を言ってきました……』

 美佳は眉間に皺をよせ、不快感をあらわにした。

『……また、早苗さんの事ですか?』

『はい。そして新しい嫁の話が』

 美佳は声を荒げた。

『貴方には早苗さんが居ると言うのに! あの男は!』

 助三郎も怒りを覚えていたが、冷静だった。

『叔父上は文で返事をしても聞き入れてはくれません。それ故、直接断りに行こうと思います』

 取り乱した自分を恥じた美佳は、深呼吸をし、落ちつきを取り戻そうと努めた。

『それも、そうですね。それが一番』
 
 そして、息子を見つめた。

『心して行きなさい。本当にあの男は執念深く、狡賢いですから』

『はい』
 

 夜が更けてきた。
助三郎は母の前を辞す前に、道中固めてきた己の決心を告げることにした。

『母上』

『なんですか?』

『今度こそ、叔父上を黙らせます』

 美佳は少し不安げな表情を浮かべた。

『出来ますか』

 しかし、助三郎に『出来る、出来ない』の選択肢は無かった。

『やります』

 すべては、早苗の為。
ひいては、己の肩に掛かる、佐々木家の為。

『佐々木家の当主は私です。叔父上にあれこれ指図を受ける道理はありません』

 美佳はそう言った息子を惚れ惚れと眺め、優しく微笑んだ。
 
『良く言いました。それでこそ、佐々木家の当主』

 夫を亡くしてから、ずっと女手一つで育てた息子。
情けない部分も、未熟な部分もまだ数多くあった。
 しかし、今、彼女は息子を誇らしく思っていた。

『では母上、今夜はこれで失礼します』

『はい。ゆっくりお休みなさい……』

 助三郎を見送った美佳は、すぐに仏間へ向かった。
仏壇の前に座ると、先祖に手を合わせ、祈った。

『どうぞ、助三郎に御力を。どうぞ早苗さんを、お守りください……』





 次の日、朝から助三郎は大叔父である佐々木伊右衛門の屋敷に向かった。
玄関で案内を乞うたが、人影は無し。
 諦めず再び声を上げると、中から女が慌てた様子で出てきた。

『これは、失礼しました。どうぞ、お上がりください』

 助三郎はその女の姿形に引っ掛かりを感じ、目を凝らした。

『おい、お前……』

『はい? なんでしょうか?』

 女は顔を上げ、助三郎の顔を見た。
そこで彼は確信した。
 目の前の女は、自分達の役宅に下女としてやって来た女だと言うことに。

『……お前、叔父上の下女だったのか?』

 言い当てられた途端、おたえことお袖はあわてて顔を伏せ、はぐらかした。

『さ、さぁ、何のことでしょう……』

 助三郎は、尚も尋問を続けた。
 
『シラを切るな。お前は間違いなく俺の江戸の役宅に来た下女、おたえだろ?』

 彼の剣幕に押され、彼女は本名を言ってしまった。

『……何をおっしゃっているのか。わたしは袖という名です』

 その言葉を聞いた助三郎は尚も激しく尋問した。

『やっぱり偽名だったか。大人しく白状しろ。何のために俺の役宅に来た? 大叔父の差し金か?』

 彼女が負ける前に、助け舟が現れた。

『おぉ。助三郎。そんなところで立ってないで早くこっちへ来い。お袖、茶を頼むぞ』

 お袖はその言葉を受けると、これ幸いと助三郎の前から姿を消した。





 客間の下座に腰を下ろした助三郎の前に、お袖は何食わぬ顔で茶と茶菓子を出した。
彼は彼女をじろりと睨んだ。
 しかし、虎の威をかる彼女は、ほほほと上品ぶった笑いを残すと足早に部屋を出て行った。
 
 助三郎の大叔父、伊右衛門は喉を潤すために茶を一口啜ると、一方的に話し始めた。
 
『さて、助三郎。文は見たであろうな? 新しい嫁についてだが』

 助三郎はため息をついた。

『その話ですが……』

『なんだ? 読んでいないのか?』

 不服そうに眉間にしわを寄せる伊右衛門に、助三郎は平然と言いきった。

『読みました。しかし、私は承諾に来たのではありません。全てを断りに来たんです』

『何故だ……』

 驚いた様子の彼に、助三郎はしっかりと己の考えを述べた。

『私には早苗が居ます。これ以上私と早苗に口出しはしないで頂きたい』

 しかし、伊右衛門は冷たく笑って言った。
 
『お前、まだあの女にこだわっておるのか……』

『こだわるも何も、早苗は私のただ一人の妻です』

 その言葉に、伊右衛門は笑うのをやめると、憎悪に満ちた目で言い放った。
 
『あの女は先祖が忍び。卑しい身分。佐々木家には到底釣り合わん。わかってるのか?』

 助三郎は怒りを覚え、言い返した。
 
『いまさらそんな大昔のことを掘り起こして何ですか!? そんなこと関係有りません!』

 伊右衛門は舌打ちをし、悪態をついた。
 
『同じ事を同じ顔で言う、腹立たしいわい……』

『はい?』

 彼は引きさがりはしなかった。
不敵な笑みを浮かべると、助三郎に向かって言った。

『まぁいい、お前がなにを言おうと、もう既にあれはお前の妻ではないからな……』
 
 その不可解な言葉に、助三郎の鼓動は早くなった。
しかし、勤めて冷静を保ち、言い返した。

『……いったい、何をおっしゃっているのですか?』

『先日、籍を抜いておいた。あの女は、都合いいことに離縁される条件を全て満たしていたからな』

 助三郎は身勝手なその行動に我慢がならず、怒鳴った。
 
『なに勝手な事してくれたんですか!? どうして早苗を勝手に!?』

 すると、伊右衛門も負けじと声を張りげた。
 
『佐々木家の為だ!』

『なにが佐々木家ですか!? 貴方のやることは貴方の為でしかない!』

 助三郎は立ち上がって大小を腰に戻すと、伊右衛門に背を向けた。

『……おい、どこへ行く? まだ話の続きがあるんだが』

『義父上の元に参ります。勝手な藩名簿の書き換え、今すぐ取り消していただきます』

 伊右衛門はそんなことに動じなかった。

『取り消しても、無駄だ。助三郎』

『なぜですか?』

 しかし、彼は答えをすぐには言わなかった。
再び茶をすすると、湯呑を見ながら言った。

『そうだ…… さっきこの茶を出しに来た女、気になったか?』

『はい』

 助三郎は先ほどの下女のことを思い出し、部屋から出るのをやめた。
あの女は何だったのか、知らねばならなかった。
 大人しく元いた場所に座った。

『お前の眼と記憶は間違ってない。あの女は、わしがお前の江戸の役宅に遣わした』

『……何のためにですか?』

 助三郎は渥美格之進の正体の露見を恐れた。